2011年02月14日

じゃんけんグリコと将棋

 今日、世間はバレンタインデーで盛り上がっている。バレンタインデーと言えばチョコレートだが、そのチョコレートから思い出したのが、小学生の頃にやっていた、「じゃんけんグリコ」という遊びである。友人とじゃんけんをして、グーで勝つと「グ・リ・コ」と言いながら三歩進む。チョキで勝つと、「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト」と言いながら六歩進む。パーなら「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル」で六歩。

 僕はこのゲームに弱く、帰り道で一人だけ遅れて、じゃんけんができないほど友人から遠ざかって、よく泣いていた。

 そこで、今さら気づいたのだが、僕はじゃんけんを共感覚の色でやっている気がするということなのである。気がするどころではないかもしれない。今でもグーは焦茶色、チョキは黄色、パーは薄青色なのである。

「じゃんけんほい」をして相手の手を見た瞬間は、指の数や形を見た瞬間に、「自分は茶色だから黄色に勝った」という判断をしている。共感覚と長年向き合い、著書まで出したのに、今さら気づいた。

 幼少期にも何度かじゃんけんをした記憶はあるが、おそらく幼少期には、指の数(数概念)や形という概念がよく分かっておらず、相手が手を出した瞬間に自分の脳と体がある種のパニック症状を起こしており、「勝ち負け」なるものを判断するには色を見た方が早いと感じていたのだと思う。その感覚について学童期に自覚的になり、今改めて気づいたのだと思う。

 もう一つ、最近気づいた共感覚。僕は、同じ漢字であっても、将棋の駒の漢字とそれ以外の日常の漢字とで、見えている色が異なる。つまり、将棋を指しているときは、目が漢字を見ているのではなく、駒の動きを色でとらえていると思われる。だから、「青が紫をとる」、「赤紫を打つ」などというのが将棋だと思っている。

 ただし、当時の僕は、将棋はそんなに強いと言えるほど強くはなく、一級レベルの「森田将棋」にたったの一度だけ勝った程度だった。

王・玉(黒)
竜(普段は焦茶、将棋盤上では紫茶)
飛(紫)
馬(普段は茶、将棋盤上では赤茶
角(赤紫)
金(普段は黒・黄・茶、将棋盤上では青)
全(普段は青、将棋盤上では黄緑)
銀(黄)
圭(普段は茶、将棋盤上では紺)
桂(茶)
杏(普段は橙、将棋盤上では濃い桃)
香(紅)
と(普段は灰白、将棋盤上では水)
歩(普段は薄桃、将棋盤上では黄土)
posted by 岩崎純一 at 17:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分の共感覚