2011年07月31日

今後の日本史の教科書に書いてほしいこと「東北縄文時代から東日本大震災へ」

sannai.JPG 縄文時代の日本列島の人口や人口分布を見ると、気候の変動にありのままに左右されて、およそ2万人から26万人の間で推移し、そのほとんどが東北・関東地方に集中している。

 26万人と言うと、だいたい現在の山形市または仙台市青葉区の人口が、数十人から数百人ずつの群れを成して日本列島に広がっている状況と言える。それまでは3000人ほどで旧石器時代を頑張っていたわけである。

 縄文時代の人口の多くが東北・関東地方に集中していたのは、木の実を落とす落葉広葉樹林が豊かだったからだ。西日本は、ほとんど木の実を落とさない照葉樹林のもとでの「動物だけの王国」である。縄文時代後半(中期・後期・晩期)は、照葉樹林に南から押されて関東地方の人口までもが東北に流入し、ほとんど「東北縄文時代」となる。

 人口の増減の仕方は、サルなど他の哺乳動物の個体数の増減の仕方と変わりなかった。つまりは、人間もまた動物であった。

「縄文という時代があった」と言うよりは、「当時暮らしていた多くの動物たちのうち、現代の我々と同じ遺伝子を持つ動物種を、いつからか我々自身が取り出して縄文人と名付け、歴史の中に組み入れたにすぎない」と言った方が歴史に忠実であることになる。ナウマンゾウやオオツノジカが滅び、そこに別の哺乳動物である縄文人がやっと半定住するようになったにすぎないと言える。

(「日本人は縄文時代から世界的に見ても先進的民族で、神代文字なる文字も発明していた」という論調も巷で見られるが、個人的には、「進んでいる」か「遅れている」かという判断は「文明史観」であって「日本論」ではないと感じるので、どうしても関わりを避けたいと思ってしまう。)

 その頃の北海道はアイヌの世界だったが、「ヤマト民族」や「日本人」という概念もないのだから、「アイヌ民族」という概念もない。私は、こういう物の考え方(というよりは、「考えというものを捨てた時に残る史実の甘受」)を真の「日本論」や「保守思想」と呼ぶのだと考える。

「ヤマト民族」と「アイヌ」の違いは、暮らしていた地域の緯度と言葉の違いであり、「人」という意味の「アイヌ」を「ヤマト民族」が「アイヌ民族」と呼んでいる以上、今の日本人も「ヒト」というヤマトコトバで「ヒト民族」などと呼ばれる可能性があったことになる。要するに、縄文時代の「日本人」は、間違いなく「ヒト」であった。

 しかも、縄文時代は1万3000年以上続いたのだから、その間に東北で地震が起こって木々が倒れたり、津波が来たりすれば、それらは全て「東日本大震災」であったことになる。ただし、縄文人は内陸の民であり、今のように津波で原発が壊れて放射性物質が出てくる代わりに、人間や動物がびっくりして転んだり、アニミズム的な神々に畏敬の念を覚えたりするにすぎない。

 ひょっとしたら、それまで高くて採れなかった木の実が落っこちてきて子どものカゴに入り、竪穴住居で待つお母さんの元へ喜び勇んで帰るような「ケガの功名」もあったかもしれない。笑う人がいるかもしれないけれども、ともかく縄文時代とは、そのような「東北地方の内陸の落葉広葉樹林の時代」であったと言える。

 その後、それまで劣勢だった西の縄文人たちの間で稲作が普及して定住生活が一般化し、そのうち弥生人との混血が進み、この頃を弥生時代と呼び、その中で大きなムラが自然発生的にヤマト政権となって、やがて(記録として確認できる限り)天武朝において「日本」という国号が生まれ、人口も増えていった。ただし、東北地方は、少なくとも平安時代に至っても縄文新石器時代を脱しておらず、住居も縄文・弥生式そのままの竪穴住居が主に展開されていた。

「歴史」という概念がなく、自然災害の際には何のためらいもなくムラごと放棄して自然に放り返してみたり、魚を採って食べた後にその魚のために建てた江戸時代の墓が残っていたりするところを見ると、東北の人々はつい近世まで、私の前二回分の記事に挙げた宮沢賢治の「宇宙意志」に自動的に従って「イーハトーブ」や「センダード」を営んでいたのかもしれない。

 前回の記事に書いた「持続が不可能な社会」に真っ先に陥る可能性があったはずの大都会平安京でさえ、元より湿地帯である右京のほうから自然の植生が侵入してくるものだから、早々とそれ以上の開発を諦めて左京に押し込められ、最後は半分の規模になっている。

 本当は、今回の震災で話題になった「これより下に家を建てるな」という先人の石柱も、その自然観の延長の上にあると思うのである。元復興担当大臣が「知恵を出さないヤツは助けない」と東北に向けて言って辞任したが、石柱を立ててそのちょうど下で津波をピタリと止めて見せた先人の知恵は、大臣顔負けの見事な知恵だったということになる。

 津波を避けて建てた少し高台の家を出て、奥羽山脈の冷たい北颪(きたおろし)を背に受けながら海へ向かい漁に出たり、三陸沖から吹いてくる山背(やませ)と闘いながら少し内陸に田畑を広げたりするからこそ、縄文時代以来の東北の味が出るところを、今回の国や東北の自治体のように、再び海沿いにガチガチにコンクリートを固めようとしても、おそらく結果は同じことで、またそれを超える災害はいつか訪れるはずなのである。

 それは、せっかく積み上げた東北縄文魂と東北の生態系を、たった一発の地震で再び失うことを意味してしまうと思う。過去に何回もあったはずの「東日本大震災」のうち、今回のそれは、東北の存亡と日本人の心を問われる「人災」の様相を呈している。

 日本列島に人間が住み着いてから現在までのうち、「国と自治体が原発を建設し、それを崩壊させたまでの時期」は、単純計算でも、日本列島史の最後のほんの0.1パーセントの時期の出来事である。

 私は、それをそのまま、これからの日本の小中学校の教科書に正直に書いてほしいと思っている。「縄文・弥生時代を基盤に日本という概念が生まれていく日本列島全体の自然界の律動」から「これより下に家を建てるなと書いた石柱を立てた先人漁師の知恵」への連続性と、現代日本人がおこなってきた色々な功罪とがよく分かるように、日本史の教科書を書いていってほしいということである。

 その中で、「東北の民が落葉広葉樹林の恩恵を受けて1万3000年に渡り育んできた縄文魂がなかったら、日本全体が存在しなかった」事実を子どもたちに伝えていくことが、大人の責務だと思う。

 私はそういう意味で、「日本」という概念は、今の我々が思うような「近代的主権を持つ国民たる日本人」という人類が作り上げたのではなく、日本列島に存在した原住民である縄文人や渡来人を中心とする弥生人の遺伝子を受け継いだ人間と、虫や桜をはじめとする動植物たちと、月をはじめとする天象たち皆の力によって立ち上がってきた、自然現象としての農耕文化ではないかとさえ思っている。

 と言うより、本当はどの先住民族社会でも似たところがあるし、そもそも、「かつての日本人のような自然観は日本に限らない」というのは賢治の考えでもあった。

 この「日本人の心のうちに全宇宙・全世界・全東洋を見る。これをもって西洋列強の帝国植民地主義に対抗する」という思想は、うまく使えば賢治のように美しく優しい「芸術」になる。ところが、下手に人にしゃべると、当初の本人の理想とは違った形で勝手に利用される。

 まさにそのような形で利用されたのが、山形県出身で賢治と同世代、同じ法華経的理想郷思想の持ち主で、満州事変の首謀者と目される石原莞爾の「芸術」である。彼は、賢治が日本に取り戻そうとした「イーハトーブ」や「センダード」の夢を、「五族協和」と「王道楽土」の満州国に見た。

 賢治と石原莞爾の書き物や発言の字面を追っただけでは、一見すると、いったい、どちらが子どもに愛される文豪で、どちらが満州事変の思想的指導者なのか、さっぱり分からなくて驚く。違うのは、理想郷の場所が自分の土地だったか他人(満州民族)の土地だったかという一点である。

 つまりは、それだけ宇宙観が似ているということで、逆に言えば、戦争遂行のために宮沢賢治も軍部に利用されたふしがある点では、二人の運命は似たようなものかもしれない。

 それにしても、今回の震災は、本当に日本の固有の(つまり、私の言いたいところでは、東北縄文人と東北の動植物たちの1万年来の共有の宝として固有の)東北地方で、宮沢賢治的な方向性での理想郷を造るチャンスという見方もできると思う。

 私の個人的な日本観はそういうものなので、私が著書などで「日本」と書いているとき、今の政体としての主権国家日本を指しているのではなく、東北の縄文精神と西南の弥生精神とを融合的に引き継いだ、連綿とした家族的生態系としての日本列島全てを指しているつもりである。

 おそらく、法華経的「宇宙意志」による理想郷を夢見た宮沢賢治は、今回の東日本大震災を見たとしたら、その半分は日本人自身が日本人の自然観に従わなかったことで起きた人災だと言うと思う。

 もっとも、縄文人の自然観や賢治のような歴史観は、今から震災を乗り越え、今まで以上に強靭な鉄壁のコンクリートと人為的な居住区域計画をもって復興に向かおうとしている東北の自治体にとっては、好都合ではないかもしれない。しかし、現代の東北地方の人たちだけを鉄のカーテンで守っても仕方がなくて、賢治の言う通り、数万年単位の東北の生態系を守らなければならないと思う。

 ともかく私としては、まだ日本という国号も生まれていなかった、日本の原点の中の原点である縄文時代そのものが、まさに今震災に遭っている東北地方の土着魂によって成り立っていたという事実を噛みしめて、今回の震災と向き合っていきたいと思う。


■関連ブログ記事
「東日本大震災と宮沢賢治の自然観について」
(その一)
http://iwasaki-j.sblo.jp/article/46752749.html
(その二)
http://iwasaki-j.sblo.jp/article/46935386.html

■データ参照
『人口で見る日本史』鬼頭宏
『人口から読む日本の歴史』鬼頭宏
『縄文時代』小山修三
『縄文探検』小山修三
『「邪馬台国」人口論』安本美典
http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/sp/7billion/1106_02_1.shtml

■画像出典
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:%E7%AB%AA%E7%A9%B4%E5%BC%8F%E4%BD%8F%E5%B1%85.JPG
posted by 岩崎純一 at 15:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本論

2011年07月24日

東日本大震災と宮沢賢治の自然観について(その二)

Miyazawa_Kenji.jpg続き。

 前回の「その一」の記事では、宮沢賢治の言う「宇宙意志」について書いた。

 そこで書いてみたのは、賢治という人は、「動物の一種としての人間が、必要最低限の動植物を自然から採って食べる代わりに、他の動物に殺されて食われたり自然災害に巻き込まれたりすることをも同程度に受け入れる社会」を「理想の社会」と見なしていた、ということだった。「宇宙意志」に基づいて賢治が作ろうとした理想郷岩手「イーハトーブ」や理想郷仙台「センダード」は、そのような社会だった。

 だから、私は、例えば「宮沢賢治は菜食主義者だった」という説も本当は怪しいと思っている。実際に賢治は、生物を動物と植物とに分類して「植物を食って動物を食わず」とする「菜食主義」、「人間による動物への同情」や「人間の健康推進のための菜食主義」を、作品中で批判している。(『ビジテリアン大祭』など。)

 自然破壊が世界規模になり始めた現在では、「持続可能な開発」、「宇宙船地球号」、「ロハス(LOHAS)」といった言葉が盛んに叫ばれるようになり、日本政府もこれらの用語を掲げるようになった。

 これらは、「人間を含めた大自然・動植物が未来まで対等に共存できること」ではなく、「今生きている我々人間が資源を有効活用して営利活動を興し、未来の子どもたちに残す利益を長引かせること」を意図したマーケティング用語・ビジネス用語として生じたものであった。

 すなわち、「未来の人間を含めた自然の生態系に迷惑をかけないこと」ではなく、「未来の人間に迷惑をかけないように、自然の生態系を整え、利用すること」を主眼に掲げている点で、宮沢賢治の言う「宇宙意志」による理想郷思想とは異なっていることに注意する必要があると思う。

 私が思うに、「持続が不可能な自然破壊社会」を回避するには、おおまかに二つの方法がある。一つは、「自然破壊のスピードを上回る形でいっそう文明のスピードを上げて先回りし、発展した科学技術によって自然破壊を抑え込む」方法。もう一つは、「文明のスピードを落とし、自然破壊そのものを抑えることで、社会を持続させる」方法。

 賢治は、後者、すなわち「文明のスピード自体を抑えて、伝統的日本の第一次産業(農・林・魚業)を重視する方向」での「持続可能な社会」を夢見た人だと言える。

 私自身も、後者の方法以外に日本や人類社会が生き残る道は本当はないと感じる立場の人だと思う。しかし現実の私は、とりあえず目先の仕事を終わらせ、大自然ではなく人に迷惑をかけないために、電車やパソコンやATM機器という文明の利器を駆使して、スピーディーな現代生活を送ってしまっているわけである。

 ジブリ映画「もののけ姫」では、動物界(少女サン・動物たち・神々たち)と人間界(自然を破壊する人間)との壮絶な戦闘が描かれている。歴史学者らの分析や宮崎駿監督の発言などによれば、室町後期・戦国時代前後の自然風景(植生や食物など)が描かれているらしい。

 映画のことであるし、両者を対置させて、タタラの民の自然破壊性や戦いのシーンを大げさに描いているのは、おそらく現代日本人への警鐘のためなのだと思う。描かれている日本人は、「当時の日本人の実際の姿」というよりは「現代日本人の生き写し」なのだろう。

 ともかく、映画の最後で人々は、大自然と動物・神々たちの力によってねじ伏せられてしまい、一からやり直そうという心に戻る。前近代までの日本では、国土が持続可能であり、少し人間の身勝手が上回ってもすぐに自然の力に抑え込まれ、人間が「持続可能性の大切さ」に自覚的でいることができたのだろう。

 一方で、現在の日本・欧米・中国を見てみると、現在の大気汚染や森林破壊や放射線拡散のスピードのままでは、「社会が持続可能でない」ことは明らかだが、それを回避するために選ぼうとしている方法は、ほとんどが先に書いた前者の方法であるように思う。

 今回の震災への対応でも、国や自治体が選んでいる方法は、ほとんどそれであると言ってよいと思う。先の「ロハス」などのエコロジー用語も、前者の方法を意識して生まれた。この特質は、欧米ではもっと分かりやすい形で表れており、例えば、歴史的な古建築と自然の保護団体であるナショナル・トラストが、一方で人類の手による宇宙開発を推進していることにも表れていると思う。

 私は正直なところ(自分をひねくれ者かとも思うが)、本当は「世界遺産」という概念も、本質的には同じ問題を露呈するかもしれないと思っている。小笠原諸島や平泉が世界遺産として世界の目に触れることになったということは、瀬戸内海や宮城野の原が世界遺産ではないことが世界の目に触れることになったということである。

 世界遺産という概念が日本に適用されたことで明確になった「世界遺産でない日本の残余自然」の存在は、日本の企業や外資系企業に「日本の自然の価値の欧米基準化と相対劣化」を意識させて、かえって日本列島は自然破壊と営利的利用の対象となっていくと思う。宮沢賢治なら、イデオロギーとしての「菜食主義」を批判したように、イデオロギーとしての「世界遺産」も批判しただろうと思う。

 今となっては仕方ないことだが、私は本心では、日本人は、「我々日本人は古来より、いわば日本列島全体の生態系を我々の友と見なして生活をしてきた。世界遺産という手には乗らない。あるいは、日本にいる犬・猫・虫まで一匹残らず世界遺産にする以外に我々の自然観はない」というくらいの気概を持って生きてみても良かったと思っている。

 そのような日本的・宮沢賢治的な自然観を、21世紀をかけて世界に輸出する手もあったかもしれないと思っている。

 ただし、これからの日本はその道を選ばず、欧米を中心に構成された世界基準に日本の自然を乗せていく道を選んだということだと、個人的には悲観的に寂しく理解している。それは、西行が詠んだ「あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋風立ちぬ宮城野の原」の心を日本人が自分たちの力で考えることをやめた、ということでもあると思う。

 しかし、「今、震災で我々は大変なのだから、小笠原や中尊寺をそちらの都合で議論してくれるのはちょっと待て」と世界に向けて言えるくらいの文化的発言力を持つことが日本の理想の姿だと、個人的には今でも思っている。


●東日本大震災と宮沢賢治の自然観について(その一)
http://iwasaki-j.sblo.jp/article/46752749.html


■関連ブログ記事
震災のとらえ方
http://iwasaki-j.sblo.jp/article/45972333.html


■画像出典
宮沢賢治(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%B2%A2%E8%B3%A2%E6%B2%BB
posted by 岩崎純一 at 22:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会論・人生論

2011年07月22日

東日本大震災と宮沢賢治の自然観について(その一)

Miyazawa_Kenji.jpg 岩手県出身だった宮沢賢治によれば、「人間はどうしても、他の生き物を殺して食べたり大自然に手をかけて生きていかなければ仕方ないが、同じく、人間が他の生き物に殺され食べられたり自然災害に襲われたりしたならば、拒んではならない」という。

 しかも、いわゆる動植物・生命体だけではなく、自然災害でさえ、生命性と必然性とを持って襲って来るとして、それを「宇宙意志」と名付けている。

 賢治としては、自身の世界観を一応は西洋の一神教的な「神」から区別し、自ら信奉する法華経的世界観に用語と概念を合わせようという意図があったらしく、それで「宇宙意志」などと名付けたようだ。(ただし、『銀河鉄道の夜』に見られるように、賢治の言う「宇宙意志」はキリスト教的真理と必ずしも明確に区別されているわけではない。)

 ともかく、おそらく宮沢賢治は、もし今も生きていて今回の東日本大震災に遭ったとしても、全く同じことを主張した人だという気がする。

 私にも、東北地方の東海岸在住の友人・知人が数人いるが、震災直後から、だいたい宮沢賢治と似通ったことをメールしてくる人が多い。もちろん、全ての友人が「東北の復興は良いことだと思うけれど」と前置きはした上での話であるけれども、中には震災を明確に「仕方ない」、「やむをえない」という表現で書いて送ってきた人もいた。

「類が友を呼んだ」と言えばそうかもしれないが、私としては、こういう友人・知人を持って心から幸せだと思った。私が部外者として東京から展開した論ではなく、最も大きく被害を受けた東北の人たちの一部が述べている内容だということに、個人的な興味がある。

 その意味では、少なくとも私個人としては、東京から東北地方の様子を見つめていると、「未被災者と被災者の心の温度差」に加えて、「同じ東北の被災者の中での心の温度差」という、二重の温度差を感じる。むしろ私は、後者のほうに興味がある。

 あるいは、地震から四か月が経って、首都圏にも電力不足や放射性物質の影響が押し寄せ、実質的に被災地の生活苦との落差がだんだんとフラットになってきた今、むしろ後者の温度差のほうが大きいのではないかと思われる。

 実際のところ、ここ最近は、テレビ・ラジオなどを見聞きしていると、被災者の口から「ウチの家(町)はこんなに被害を受けているのに、あの家(町)はもう直りかけている」などといった嫌味なニュアンスの発言がポロポロと聞かれるようになってきた。人間はそういう生き物なのだと改めて思う。

 そこで思い出したのが、事あるごとに言葉遣いを批判される石原都知事の発言である。石原氏は、今回の震災を「日本人の我欲」に対する「天罰」だと主張した。

 ただし、震災を「天罰」だと言った人は、何も石原氏が初めてではなく、むしろ関東大震災の時の日本の有識者のほうが厳しくそれを主張しており、武者小路実篤、芥川龍之介、北原白秋など、名だたる文豪が関東大震災について「天譴」(てんけん。天罰のこと)だと述べている。当時は主に、「西洋列強のマネ事ばかりしてきた我々日本人への天譴である。我々は猛省すべきである」という文脈の中で使われている。

 さらにさかのぼると、この「天は意志を持っており、天変地異を起こして人間を忠告する」という考え方は、中国の儒教が源泉で、「天人相関説」や「災異説」と呼ばれた。もっとも、日本人(縄文人)にその心が無かったというのではなく、日本人はそれを漢民族のように体系的に「ナントカ説」と名付けなかっただけの話で、今でもそのような宇宙観を残している原住民は世界にいるようである。

 それはともかく、私が石原氏の「天罰」という言い方をよろしくないと思う理由は、「罰を受ける必要のない子どもたちまで津波にさらわれたから」という以上に、「氏が都知事という現代主権国家の事実上の首都の首長だから」なのだが、その罰を受ける必要のない子どもたちが津波にさらわれたという点では、その子どもたちを弔って涙を流すほか「やむをえない」とは言える。

 裁判の判決には「判例」という「先例」があるが、日本語の使い方にも「先例」というのはあるのだろうか。かつて昭和天皇は、原爆投下を「やむをえない」と仰せられたのだった。

「天皇に絶望した」という言葉が広島市民を中心に明確に巷で聞かれたのは、おそらく日本史上このときが初めてだった。1975年、私が生まれる7年前のことである。それこそ宮沢賢治の心酔した日蓮宗をはじめ、仏教界でも「原爆投下は仏罰である」とする「仏罰論」もあった時代である。しかし、天皇が「やむをえない」と仰せになるとは、広島市民も思わなかったようである。

 人為的暴力に対して昭和天皇がお使いになった先例のある「やむをえない」という言葉や、文学者や仏教者が使用した先例のある「天譴」や「仏罰」という言葉を、今、東日本大震災という自然災害に対して一般国民の我々が使ったところで、もはや言葉遣いなど大きな問題ではないのかもしれない。

 ただし、それを踏まえても、やはり冒頭の宮沢賢治の自然観は、優しさと厳しさの両方に溢れた、最も適切な考え方だと思う。

 私も、地震や台風などの発生いかんにかかわりなく、今までの30年弱の日々を、宮沢賢治と同じような自然観を持って生きてきたつもりである。だから、自ら被災しながらも、強硬な東北復興推進モードに切り替わっていく周囲の被災者の国・自治体の心理や自然観に疑念の目を向けている友人・知人からのメールが、なぜか心に嬉しく響くのであった。

「被災者を支援しなければならないと思う心」と、「あの一東北人であった宮沢賢治の言ったことを素直に受け入れる今の被災者がどれだけいるだろうかと疑う心」とは、両方とも持っていて良いと思う。

 私はその意味では、申し訳ない気もするものの、テレビに映る被災者よりも、まずは自分と直接的に接している身近な被災者の心の動きを重点的に見つめていこうと思う。

 宮沢賢治の言ったことには、日本人が忘れてはならない心があると、私は思うのである。日本人の一人に宮沢賢治がいたというよりは、宮沢賢治的な生き方をすることが本当の日本人であるという気がする。

続く。


●東日本大震災と宮沢賢治の自然観について(その二)
http://iwasaki-j.sblo.jp/article/46935386.html


■関連ブログ記事
震災のとらえ方
http://iwasaki-j.sblo.jp/article/45972333.html


■画像出典
宮沢賢治(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%B2%A2%E8%B3%A2%E6%B2%BB
posted by 岩崎純一 at 19:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会論・人生論

2011年07月20日

雑誌に載っています

 本日7月20日発売のテレビ雑誌「TVBros.」(東京ニュース通信社)の1コーナー「わらしべマッドサイエンティスト」に私が載っています。(関東版、関西版、中部版、北海道版、九州版。)

 前の科学者からバトンをもらって取材を受けたあと、「自分よりも変わった(マッドな!)研究をしている科学者にバトンを渡していくコーナーです。文系・理系両方あります。

http://tnsws.jp/shop/item_detail?category_id=TVB&item_id=HBTVB1001110723001001

 私は、渋滞学でご著名な東京大学の西成活裕先生からバトンを受けました。今回は、コーナー初の「直接バトンタッチ握手」が実現しました。なぜかと言うと、西成先生の研究室で取材を受けたためです。

 次のバトンは、日本共感覚協会の松田英子さんにお渡ししました。
posted by 岩崎純一 at 18:07| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ・挨拶事項

2011年07月19日

拙著『私には女性の排卵が見える』の読者から頂いた質問、及び日本の女子スポーツの個人的な展望

 8月5日追記メモ。

 本日8月5日の「徹子の部屋」に、なでしこジャパンの澤穂希選手が出演されるということで、録画。澤選手自ら、女子スポーツ選手における排卵や月経との向き合い方について言及された。むろん、デリケートな話題を避けた一般視聴者向け番組なので、私の記事ほど細かな内容ではないものの、「排卵時には筋力が落ちる」などの生理学上の知見を述べていらっしゃった。

 その葛藤に満ちた表情を拝見していると、やはり「女子サッカー」と言っても、それは「女性として生きること」とは少なからず逆ベクトルを向いている厳しいスポーツなのだと、改めて感じさせられた。

 むしろ、そのことにすでに気づいているのは監督や10〜30代の若い女子選手の方で、「ウチの娘を澤選手のように育てたい」などと普通にインタビューに答えている教育ママなどを見ていると、一般女性の中に「女性がどういう身体を持った存在か」が分かっていない女性が増えているのではないかということを、改めてひしひしと感じる昨今である。

(追記終わり)

-----

 このたびの「なでしこジャパン」の活躍には私もとても感動したが、それに関連して、拙著『私には女性の排卵が見える』の読者の女性お二人から、ある全く同じご質問を頂いた。デリケートだがとても意義深いご質問だったので、少し前置きが長くなるが、書いてみたい。

 私は、日本の女子スポーツにも関心はあるが、選手個々人の人生や競技種目への関心と同時に、今後日本の女子スポーツが世界に出ていくときに抱えてしまう課題への関心も持っているつもりである。むろん、私自身の「女性の性周期が色で見える共感覚」との関連が大きい。(拙著を参照。)

 特に、日本人女性が欧米発祥のスポーツをおこなうことで生じる身体の変容については、興味を持って見てきた。私は個人的には、まだ正しいかどうかは分からないが、「一般日本人女性の身体自体も昔に比べてかなり変化しているとは言え、日本の女子スポーツ選手は、いっそう一般日本人女性の身体と乖離したプロ集団化していく」という予想を持っている。

 昔は畑仕事や海女仕事や舞など自然の重力に従う動きが多かったが、陸上・サッカー・フィギュアスケートなど、自然の重力に反抗する力学を必要とし、長期間に渡って卵巣や子宮に震動・衝撃を加える「スポーツ」を一部の日本人女性がやる時代となった今、日本においては、男性スポーツ選手と一般男性の身体の違い以上に、女性スポーツ選手と一般女性の身体の違いのほうが目立っていくだろうからである。

 女子陸上については、元より世界・日本を問わずタブーではなかった気がするが、今回「なでしこジャパン」の活躍が目立った日本の女子サッカーについても、元日本代表選手の水間百合子さんが性同一性障害を告白したり、学者らにより女子選手の性機能不全、身体の男性化、性的マイノリティなどが研究・報告されるなど、世界や日本の女子サッカーを支えている女性にどういう女性が多いか、そのような女性と一般女性との違いを語ることがタブーでなくなっているのは、良いことだと思う。

 そのほとんどは、やはり「ホルモン分泌の一般日本人女性との違い」という視点のようだ。最近では、日本人女性が将来的に白人女性や黒人女性に太刀打ちできることを目指して、初潮よりも早くスポーツを始めると、先天的な性同一性障害・両性具有ではなくとも、それに近いホルモン分泌機構を持つ身体を作り上げることは可能であることが示唆されている。

 過剰な運動によって女性ホルモン(エストロゲンなど)分泌が変容することは当然考えられるが、実は、以下の論文報告にもあるように、成長ホルモン、成長ホルモンに構造が近いプロラクチン、女性の体内に元々微量ある男性ホルモンであるテストステロン・ジヒドロテストステロン(DHT)・ジヒドロエピアンドロステロン(DHEA)などの分泌の変容が、無排卵月経・排卵停止・月経停止に加担していることが示唆されている。

 ただし、その科学的知見の「使い方」は目的によって違い、学者や産婦人科医なら、「プロでもない一般女性の運動のやりすぎに警鐘を鳴らす」方向に使うし、女子スポーツの監督なら、「女性としての身体を犠牲にしてでも女子選手を世界レベルにまで引き上げる」方向に使う、ということだと思う。

 一番難しいのは、「ごく普通のXX性染色体を持ち、将来の妊娠・出産も望み、異性愛の女性としてスポーツをやりたいと思っている女性」を、科学的知見を知った上で指導する、博識な指導者の心理だと思う。特に、そのような男性は、それなりの覚悟を持っていなければ、女子スポーツの指導に当たることができなくなっていくのではないかと思う。

 初潮前後から陸上やサッカーなどをやらせると後々まで性機能に後遺症が出るとの知見が明らかになっている昨今、「女子スポーツ」というものが、結局、一般の我々国民が思うような「女性のスポーツ」ではなくなっていくことを意味するからだ。今後の日本の女子スポーツは必然的に、「生理学的知見への忠実さ」よりも、「勝利への渇望」のほうが求められることになる。

 小柄な日本人女性が世界レベルを目指すということは、「女性としてスポーツをやる」のでありながら「一定程度以上は女性の機能を失う」というパラドックスを意味するのだし、そもそも、女性である自分が嫌で、女性であることを超克するためにサッカーに励んでいる女性もいるのだから、マスメディアがこのたびの女子サッカーの話題を利用して、「これぞ日本の女だ」、「日本の女は強い」といった言葉遣いをしたことは、少なからず的を外しているかもしれない。

「日本人女性それぞれが何に取り組むかは自由だが、少なくとも、物事に取り組む一生懸命さは、なでしこジャパンから学ぶべきものがある」という言い方をすることが、マスメディアの文化的・社会的な役割ではなかろうかと思った。

 さて、なぜこのような、陰で展開されている生理学的知見を前もって書いたかと言うと、拙著の読者の女性お二人から、「岩崎さんは、いわゆる私たち一般日本人女性から見ても外見や内面が男性に近いと思える、あるいは男性かと見間違えてしまう女性スポーツ選手にも、共感覚色が見えるのですか?」というデリケートな質問を頂いたからである。

 一般の女性にしてみれば、このような質問はタブーと感じるようで、申し訳なさそうにご質問なさるわけだが、むしろ学術レベルではそうではなく、「女子サッカー選手には、元より男性的であるか、男性化した女性が多い気がする」という異性愛の女性が感じる直観は、すでに報告済みの正しい科学的知見そのものである、ということを先に示しておいたというわけである。

 また、この話題は、私が二冊目の拙著であえて書かなかったほとんど唯一の話題でもあるが、結論だけを書くのは良くないし、かと言って、前置きとして先のような生理学的知見を書く紙面がなかったために、省かざるを得なかった。

 結論を言うと、一度だけ、女性としての性機能がほとんど停止している女子スポーツ選手に直接お会いしたことがあるが、その場合、やはり一般男性に対して共感覚で色を感じないのと同程度に、色を感じなかった。重要なのは、今の日本は、そういう体質のことをも「女子」と呼んでいるということである。

 逆に言えば、「女子スポーツ」の「女子」という言葉が「女性の性機能を持っている」ことを条件に入れていかない見通しが許されているところに、日本の女子スポーツの「強み」があるということである。「女性の性機能を持っている」ことを条件に入れてしまうと、世界で戦うことは諦めなければならない。

 日本人男性の場合、男性のままで体力や技術(身長や体重など、追いつけない要素以外の要素)を欧米白人男性や黒人男性並みに近づけるしか、残された手段がないわけだし、そもそもルールが日本寄りにならない限り、世界の頂点に立つことはできないだろうが、日本人女性の場合、身体機構・ホルモン分泌自体を合法内で男性化させる、あるいは、最初から身体が男性的である女性を連れてきて選手に育てる、という手段があることになる。

 むしろ、「すでに世界の女子スポーツの流れの中で、そういう手段をとるようになってきている」ことが、生理学上の知見としてタブーになっていない現状に、私は個人的な関心を持っている。

 このような生理学的知見に目を通さずに、今回の「なでしこジャパン」など日本の女子選手の活躍をきっかけに、安易に「ウチの娘にも小さい頃からサッカーをさせたい」と思う母親が出てきたり、サッカーを過剰にやることで生じる性機能の異常の知識無しに「私も女性としてサッカーをやりたい」と思う一般女性が出てきたりしないためにも、我々一般国民は、女子スポーツを盛大に応援しつつも、同時に今以上に冷静でいたほうがよいとも思う。


論文例

女子サッカーチームにおける月経異常の分析
http://sc.chat-shuffle.net/paper/uid:110001944028

女性アスリートにおける栄養摂取と体脂肪の蓄積状況が性ホルモン及び好中球機能に 及ぼす影響について
http://repository.ul.hirosaki-u.ac.jp/dspace/bitstream/10129/4422/1/HirosakiMedJ_62(1)_44.pdf

スポーツ活動における骨粗鬆症:女性の運動と摂食障害および月経異常の重要性
http://sc.chat-shuffle.net/paper/uid:10026155025

Dale E, Gerlach DH, Wilhite AL. Menstrual dysfunction in distance runners. Obstet Gynecol.
1979

De Cree C. Sex steroid metabolism and menstrual irregularities in the exercising female. A review.
Sports Med. 1998
posted by 岩崎純一 at 17:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本論

2011年07月10日

定言的に何かを「好き」であることの大切さ

 7日の七夕の前日、どこかの小学生たちが書いた短冊を吊るした笹を運んでいる軽トラックを道端で見かけ、人間にとって「願い事」とは何か、何かを心から定言的・無条件的に「願う」とはどういうことかについて、改めて考えた。

 私のところには、共感覚を持つ小さなお子さんのいる専業主婦やOLさんなどからもメールが来る。「ウチの子が文字に色が見えると言うのは、共感覚だったのですね」という喜びのメールも沢山ある。「子どもの将来の幸せを願っています」という内容の文面も多い。

 中には、「共感覚や絶対音感を身につけさせる教育の一環として、私のサイトや著書を読ませている」というご連絡もある。「ウチの子にも共感覚を身につけさせたいのですが、どんな習い事や塾がオススメですか?」というメールもちらほら来る。

「私のサイトや著書の反応として私が想定していたもののうち、世の母親の皆様の反応だけが、唯一、想定以上だな」と思えるし、内容によっては微笑ましいこともあるが、少し気になる点もある。

 もちろん、送り主の母親たちに悪気があるようには見えないし、「共感覚的感性を子どもと一緒に楽しみながら育む」ために私のサイトや著書を使うということなら、私も嬉しいし、賛成だ。

 ただし、お母さん方が設定している、我が子の学習能力に対する非難の仕方、罰則の設け方、我が子を叱咤する時の言葉遣い(人見知りや発達障害などの矯正の仕方)などを見ていると、「それでは子どもがかわいそうだ」と思ってしまうケースも少なくない。

 私があまり好きになれない日本語の一つで、なおかつ、悩んでいる鬱病者やよその子どもを慰めるときに使わないようにしている日本語に、「今苦しんで頑張っていれば、きっと良い幸せが巡ってくるよ」、「みんな将来のために今を苦しんでいるのだから、あなたも頑張りましょう」というものがある。安易な言葉狩りには反対だが、これらはなるべく使わないようにしている。

 逆に言えば、私の周りの鬱病者たちは、今現在のこの瞬間にも必ず何らかの小さな幸せや喜びがあるということは知っていて、例えば、目の前の花がとても綺麗だとか、先ほど道端ですれ違った犬がかわいかったとか、そういう幸せを見つける能力にはすこぶる長けていると私は感じる。子どもなら、皆がそういう能力の持ち主ではなかろうか。

 先日電車の中で、ある母親が自分の子に向かって、「今お勉強を頑張れば、大人になって苦労しなくて済むのよ」と諭し、子どもがイヤそうな顔で適当に「うんうん」と頷いていた。私がこの世で最も残念に思うタイプの、親の態度である。

 現在の日本は、「今苦しんでも、将来必ず報われるわけではない」という人間存在の基本原理を、極めて現世的・即物的に見せつけられる時代と社会だと言えると思う。「いくら努力しても、就職の内定取り消しに遭うことはある」といった具合に。

 けれども、我々人間は、そのような俗世間的・個人的な苦悩の具体例の出現以前に、人間存在・生命体の標準設定としての「不条理な生」を定言的に見つめていなければならないと思う。

 子どもに共感覚や絶対音感を身につけさせるために、子どもの意志を尋ねずに習い事や塾に行かせている母親たちに、今言ったような内容をメールしてみるのだが、そのあと、だいたい次のようなメールが返ってくる。

「未来に良いことが巡って来るとは限らないということを知ってしまった状態で何かを頑張るなんてことが、本当に我々人間にできるのか。その考え方は常識的に間違っているのではないか」と。

 我々人間にとって、どんなに苦しくても何かに夢中でいられるための唯一の原動力は、「好きだ」という気持ちだけである、と私は思う。

 例えば、私の知人の鬱病者が、どうして自殺せずに慢性的な鬱病をあれほど患っていられるかというと、「好きな」何かがあるからだということを私は感じている。つまり、「鬱の心」を持って生きている自分を否定する必要がないことだけは、どこかで確信できているからだと思っている。

 私も、なぜこれほど深く自分の共感覚を探究したり、精神疾患を持つサイト訪問者と交流会を開いているかと言うと、それらが定言的に「好きだから」という以外に理由はなく、それ以上でもそれ以下でもない。

 だから、「この子に何かを身につけさせよう」、「この子を習い事や塾に通わせよう」と考えるよりは、「この子は、いつも何をやっているときが一番笑顔だったかしら」と注目するほうがよほど良いというのが、私の考えだ。
posted by 岩崎純一 at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会論・人生論