2011年09月08日

私の思う「愛国心」や「愛郷心」について

800px-Lindernia_procumbens.jpg 今回は、「愛国心」や「愛郷心」についての私見を書いてみようと思う。ここでは、「国家」や「出身地」という概念への愛というよりも、その「国家」や「出身地」を下から支えているその土地固有の動植物・農作物への感謝の念・観察眼・洞察力としての「愛国心」や「愛郷心」についての話である。

 私の故郷岡山では、侵略的外来種であるヌートリア(ネズミ目ヌートリア科)の異常繁殖により、地元のいくつかの動植物が壊滅状態に追い込まれており、自治体も毎年数千匹規模のヌートリアの殺処分に奔走している。

 元々は、その毛皮を日本軍の軍服・防寒服に使うために欧米から輸入した動物であった。日本は欧米の動物の毛皮を身にまとって欧米と戦ったのだという現実を、忘れてはならないと思う。

 私は、小学四年生のときに、学校の裏山でヌートリアを捕まえて、そのままわざと逃がしたことがある。最初は、つかまえてから自分の手でヌートリアの体を叩いてみようと思っていた。それは、ヌートリアによって壊滅状態に追い込まれつつあった岡山のベッコウトンボに対する愛情から出た、子どもなりの精一杯の仕返しのつもりだった。

 ところが、初めて見たヌートリアの目には、「動物の眼光の強さと温かさ」があった。私が子ども心に、「ヌートリア」と「ベッコウトンボ」の構図を、「欧米先進諸国」と「日本」の構図に重ねたらしいこと、そして、結局は「動物に罪はない」という判断を下して逃がしたのであろうことが、今になってようやく論理的に分かるばかりである。

 そして、二十年が経った今、岡山県内のベッコウトンボはほぼ壊滅、あるいは全滅したと言われている。こうして、「ヌートリアを叩き殺さなかった私の優しさが、ベッコウトンボを死に追いやった」という言い方もできる結果となったのであった。「不条理だ」と、しみじみ思った。このような体験は、ずっと頭に残るものである。

「日本らしい田んぼの畦道」の風景というものがあると私は思う。ここでの「日本らしい」とは、「日本列島が大陸と分断されて以降に長い年月をかけて育ってきた、水草・雑草・生物の固有種が豊かな」という意味のはずだと思う。

 ところが、戦後になって、日本人の生活のアメリカ化と全く同じ形で、日本の植物もアメリカ化した。例えば、国産畦菜(アゼナ)はアメリカアゼナに取って代わられていった。

 私のような植物学の素人でも、東京の郊外の田んぼなどを電車の窓からぼんやりと眺めていると、アメリカの田園風景かと冷や汗を掻くことがある。私には、いわゆる五感が混ざり合う心理学上の「共感覚」があるので、今の一般日本人よりも異常に敏感すぎるのだろうかとも、一時期は考えた。

 確かに私は、小さい頃はネズミのしっぽをつかまえて遊ぶような少年であったし、おそらく「通常ではない」敏感さを持って自然や動植物を知覚・観察しているとは感じている。

 ただし、物事の見方には微視的な見方と巨視的な見方があるとすると、小さなアゼナが国産か外来かなどということを見分けるには、どんな「敏感人間」であっても、数メートル〜数十センチまで近づいて微視的に葉の形を観察しなければならないはずだと思える。

 ところが、そう思いきや不思議なことに、素人の私の目で、半ば怠けながら数十メートル離れた位置から見ても、「日本の懐かしい田んぼの畦道」の趣が感じられない場所が東京にもある。そこで、近づいてみると、本当にその周辺がほぼ全て外来種の植物であることがある。

 今回の大震災被災地域のうち、宮城県は、全国で真っ先にベッコウトンボが絶滅した土地であったようだ。宮城県の田んぼはあまり見たことがないし、宮城県についてはほぼ仙台の中心部しか知らない私だが、それでも、今回の震災で流された東部の田畑の水草の中にも、欧米産のものが大量にあっただろう。

 アメリカ両大陸に起源を持つ水草は、今や岡山の田んぼにも青々と、いや、ブルーブルーと輝いている。岡山県民の方がここをご覧になっていたら、悲しまれるかもしれないが、私の愛郷心は昔よりもずっと薄れてしまった。

 今回の台風12号で、岡山県玉野市の全域が避難勧告となったが、私の「ヌートリア体験」や「アメリカアゼナ体験」は、「現在の故郷(現在の日本)を愛する」という心を、少なからず冷めたものにしている。

 玉野市が雨に流されたと聞いても、アメリカアゼナが流された光景ばかりが脳裏に浮かんでくる。存在しないものは雨に打たれないのだから、壊滅したベッコウトンボが雨に打たれるはずもなく、雨に打たれたのはヌートリアである。

「今回の震災で流されたのは、本当に日本であるか」、「今回の台風が通り過ぎたのは、本当に私の故郷であるか」といった、私自身が生み出したかなり意地悪な問いが、私の「愛国心」や「愛郷心」を邪魔しているようである。これは、私だけに当てはまる、あくまで個人的な思想の問題なのだろうか。それとも、日本社会全体で考えてみる意義のある課題なのだろうか。

 人間は不条理な生き物で、自分が愛するものの消滅しか深く悲しむことができないようである。

「全人類の命が大切だ」と頭では思っていても、我々日本人は、毎日毎日世界中で餓死している子どもたちを思って涙するわけではない。けれども、身近な人の死には簡単に涙する。それと同じで、「今回の自然災害で壊滅したのは、紛れもなく日本である、我が故郷である」ということが言えなければ、私は残念ながら、深く悲しむことができないようである。

 私は一人の日本人男性として、自分のこの心情に一種の皮肉と同情を覚える。この心情は、かつて三島由紀夫が、「もし先の戦争に勝っていたとしても、日本刀で戦ったのではなく、欧米の技術で戦ったのだから、日本が勝ったとは言えない」という主張をしたことに似ていると感じる。

 私は、三島由紀夫の最期の血を流した行動の是非の議論はともかくとしても、その「日本観」や「日本感覚」は本質を突いていると今でも思っている。三島由紀夫のように、「愛国心」や「愛郷心」を軍事技術に喩えて主張すると、色々と異論もあるだろうが、同じことを動植物や我々人間の身体について言えば、いかに「日本の風土」という概念が崩れかけているかがよく分かると私は思う。

 我が国は、自分たちで食べるものの多くを自分たちの手や自分たちの土地で生産していない国である。「和食」と「洋食」の違いは、加工後のスタイルの違いであって、原材料から見れば、多くは「洋食」化している。「ほとんどのものは自分たちの田んぼや畑で作るが、どうしても足りないものだけ輸入する」という意識が、我々から失われつつあるようである。醤油の味も、だんだんと懐かしい味がしなくなってきた。

 我々の身体の大部分は、外国人の労働のおかげで外国の農場においてでき上がったものを食べることによって、その外国産の食べ物の粒子で構成されている。これによって、日本人の死因のトップ5は全て欧米式疾患に入れ替わった(癌・脳卒中・心疾患など)。

 主に日本産の農作物を原材料とする和食を食べ続けたことによる、戦前までの死因のトップは、肺炎・気管支炎・全結核・胃腸炎・老衰などであった。この頃にはすでに癌・脳卒中・心疾患の存在が知られていたにもかかわらず、それよりも上位に肺炎・老衰などが位置していたという意味であり、老衰の分類の中に癌などがあるのではない。

「有機体である生物が、その生物が生まれた土地以外の土地で生まれた有機物を短期間に大量摂取すると、拒否反応が出る」という現実への危機感を、我々はもっと持つべきではないだろうか。日本人という有機体が、たったの数十年で他の土地の有機体である動植物を胃に入れるようになった事実を、もっと真剣に見直した方がよいのではないだろうか。

 特に日本は、海で他の土地と隔てられているために、多くの野生動物や野菜などの農作物の固有性が、ユーラシア大陸やアメリカ両大陸と比べて歴然としている。この数千年に渡る異質性を、我々日本人の身体・内臓がたった数十年で埋め尽くせるとは思えない。

 もっとも、私とて、このような主張をしていながら、その体の大部分は外国産の食べ物で出来ていると思われる。私は、自分にできる範囲で、なるべく自分の考えに合うような食生活をしているつもりではあるが、それでも限界というものがあるのは仕方ない。

「懐かしい日本製の田んぼの畦道」という心象風景を脳裏から薄れさせることに長けていない性質、自然の変化に敏感な性質の日本人であればあるほど、かえって今の日本を心から愛すること、大震災や台風被害を心から悲しむことは難しいかもしれないと、私にはそう感じられる。個人の問題ではなく、日本人全体の問題なのだろうと思う。

 いつかまた次回の大震災・大津波が襲ってきて、家も田畑も流されたとき、「ああ、今回流されたのは、確かに懐かしい日本の風景であった。今回ばかりは、悲しみもひとしおである」と我々が心から言えるように、これからの日本の文化・政治・経済を構築していかなければならないのではないだろうか。

 結局、今回の記事も、最近書いてきた各記事と根を同じくしていると思う。つまり、何度か書いたように、「虚無的殺風景」の直前までは美しく目に見え続ける「花」や「もみぢ」を今から作ろうということだと思う。「次回の津波や台風には、本物の日本製の田んぼを触らせてやろうではないか」という気持ちで生きようということだと思う。

■画像出典
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Lindernia_procumbens.JPG
posted by 岩崎純一 at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本論