2011年12月27日

『雪月花 拙唱交響 岩崎純一愚作選』

 20代最後の年越しの記念に、というわけでもないが、ふと思い立ち、『雪月花 拙唱交響 岩崎純一愚作選』というものを載せておいた。

http://iwasakijunichi.net/ronbun_ippan/setsugekka.pdf(PDFファイル)

 これは、『雪月花 絶唱交響 良経・家隆・定家名作選』(塚本邦雄、1976年、読売新聞社)という本をもじった試み。この本は、九条良経・藤原家隆・藤原定家の名作和歌(各50首)を塚本邦雄が撰し、それらから着想した塚本氏の解説・現代詩なども添えられたもので、この三歌人が私と同じく20代で詠んだ歌も満遍なく入っている。

 そこで私は、それぞれの歌と同じコンセプト・情景・歌語などを元にして歌を詠んだ。全部で同じく150首ある。絵画的・視覚的にも面白いものになったと思う。自分の和歌関連プロフィールも、わざとらしいが書いておいた。

 むろん、「拙」や「愚」というのは、へりくだりの言葉で、「拙唱(せっしょう)」と付けたのは、「絶唱(ぜっしょう)」とのいわば掛詞としての遊び心からである。いつか、この150首に限らず、私の全ての和歌について、現代語訳や、用いてある和歌の技巧・技術の解説なども入力できればと思っている。

 それはともかく、原著で何よりも面白いのは、良経が「雪」、家隆が「月」、定家が「花」というように、それ自体が象徴的に「四季」や「自然」という意味になる風物である「雪月花」に喩えられている点である。私が自分の和歌人生において最も著しく共感を持って私淑してきた三歌人が、たとえ今や紙の上でのみの面会であるにせよ、「雪月花」として再生した光景に、長年心躍ってきたものだ。

(ちなみに、塚本邦雄が書いた本で、この三人の和歌に一般の和歌初心者や和歌愛好家が触れる場合に最適なものを挙げておくと、『定家百首 雪月花(抄)』や『王朝百首』があると思う。いずれも講談社文芸文庫。)

「雪月花」とは、元は白居易の詩『寄殷協律』の一句「雪月花時最憶君(雪月花の時最も君を憶ふ)」に由来し、日本人はわざわざこの「雪月花」を自然美の象徴として特別に愛好するようになり、主に「月雪花」と書くようになった。そのために、「雪月花」と書いた場合は「せつげっか」と音で読み、「月雪花」と書いた場合は「つきゆきはな」と訓で読むのが、古典では通例である。

 それにしても、三人の実人生を考えれば、私としては、良経は「花」、家隆は「雪」、定家は「月」であったかもしれないと思う。

 良経は、高官位を約束された藤原氏長者の血統にして学才早熟、和歌・漢詩文を良くし、10歳近く年長の家来である家隆と定家をも感心させ、自身が仮名序を執筆した『新古今集』の完成を見ながら、直後に頓死した。新たに建てた自邸にて曲水の宴を催す予定ながら、熊野本宮の炎上によって延期となり、その間に何の前兆もなく世を去った。

 まさに、春の夜にあっけなく散る「花」のようだと思う。家隆も定家も、良経の死に際して己の主君を「花」に見立てた哀傷歌を詠み合っている。

 昨日までかげとたのみし桜花ひとよの夢の春の山風(家隆)
 悲しさの昨日の夢にくらぶればうつろふ花も今日の山風(定家)

 さすがは家隆・定家と言うべきか、まるで自分のもとを去った男を嘆く女が詠んだ歌にも取れるように詠んである細工と技巧は秀逸で、恋歌仕立てとなっているのであるが、見方を変えれば、二人にとって良経の死は「自分を女に喩えて詠みたい」ほどの衝撃だったのだろう。

 家隆は、この三人の中では最年長で、良経の藤原主家とはもはや遠縁にすぎず、和歌も晩成型だが、若き「治天の君」である後鳥羽院に良経が「家隆を師とするがよい」と推挙して以来、当時の歌壇において、俊成・定家親子を中心とする御子左流歌道と並び称されるに至った。定家ほどの幻想美愛好家・厭世家とは見えず、優しくおおらかな男だったようだが、地上にあってもなお、常にどこか冷徹な観察眼を持って和歌と自己の厳格な研鑚に励んだ。

 やはり、なかなか溶け消えず残る「雪」のような男だと思う。

 定家は、大歌人俊成を父に持ち、父の「幽玄体」を発展させ、余情美・妖艶美を基調とする「有心体」和歌を詠み続けた。「定家は神経症・生真面目気質で、それが現実と夢との境界を消してしまう象徴美表現を生んだ」と分析している定家研究家は少なくない。

 定家は19歳にして、日記『明月記』において、白居易の詩文「紅旗破賊非吾事」を捩り、「紅旗征戎吾が事に非ず」、すなわち「朝廷・天皇の軍旗(紅旗)も東国・鎌倉武士の反乱(征戎)も自分の知ったことか」と言い切り、いわば血生臭い世界とは無縁の芸術至上の人生を宣言した。あるいは、このワンフレーズは、かつては麗しい歌壇を共にしながら、鎌倉幕府打倒のために承久の乱を起こして暴走した後鳥羽院を、定家が見限って、失望のもとに後年・晩年に加筆したものとも言われる。

 いずれにせよ、定家の一生涯はそういうもの、喩えるなら、自らを天遠くより地上に照る「月」であると宣言したような人生であった。

 そして今日、私の歌風が、古典伝統和歌に詳しい仲間の皆様から何と言われているかと言えば、数年前、まず最初に「定家流である」と言われたのであった。考えてみれば、花も雪も散り消えるものだが、月はそこにあって満ち欠けを繰り返すだけのものである。ならば月でよいだろうと納得したものだった。

 それに私は、まず17歳でニーチェを読み、ニーチェのように生きると決意したものの、頭の片隅では、日記に「紅旗征戎吾が事に非ず」と綴った、自分と同じ東洋・日本の男に憧れていた。この言葉は、自らの人生からの政治色の排除と芸術至上主義宣言の意味以上に、「吾が事」としての日本的実存の宣言であると私には思えた。そのように定家を解釈し、定家に私淑してきた人間が、定家の歌風であると人から言われて嬉しくないはずはない。

 しかし、私の歌風について、「いや、家隆流である」、「いや、良経流である」とおっしゃる方もいらっしゃる。ともかく、私の歌風・歌論・詠みぶりは、ちょうどこの『雪月花』に挙げられた三歌人に近似するものと言われてきた。

 などと身勝手な私見を書いたが、塚本邦雄はこれら三人を先述の通りに「雪」「月」「花」としている。むろん、それで全く構わない。

 誰がどれに当たるかは、あまり重要ではないだろう。ライバルながらも、互いに尊敬し合った同時代の三人が、まとめて「雪月花」に喩えられたこと自体の感銘のほうが、ずっと深いように思われる。どんな男も、いつかは自然に帰るしかないのである。

 実際には、この三歌人の歌風、もっと言うと、和歌に対する没頭姿勢、和歌という言葉のパズルに対する命の賭け方は、大きく違わないと見るのがよいのではないか。三人全員がそれぞれに、「雪月花」という存在なのだろう。

 いずれにせよ、私にとっては、挙げられた三人の各50首は、感涙なしに最後まで鑑賞しきることの不可能な一級品であり続けた。

 その横に、およそ800年後に詠んだ愚作を散りばめてみたわけだから、出来ばえの差はいかんともしがたいものがあると恥じるばかりだ。しかも、800年後の若者の手によって勝手に「仮想版 曲水の宴」を催されて、さぞかし良経は嫌な思いだろうと察するが、私は心の内で、これまた身勝手に宴の開催の許可を得たものである。
posted by 岩崎純一 at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本論

2011年12月16日

高齢化社会、自殺社会、「男女平等」の幻想、女性どうしの心理格差など

■高齢化社会

 先日、都営三田線に乗っていたら、水道橋駅から乗ってきた一人の高齢女性が、閉まりかけのドアにぶつかりながら、「この電車は水道橋まで行きますか?」と大声を出した。

 ドアの開閉が繰り返される中、危険にもドアをこじ開けるようにして何とか乗り込んだこの女性だったが、周りは一瞬唖然とした。しかし、女性の近くにいた別の女性が「今あなたが乗ったのが水道橋ですが」と繰り返し教えたところ、女性はやっと気づいて大笑いし、「春日まで行きますか?」と問い直し、春日は水道橋の次の駅であるので、二人の笑いの冷めないまま春日に着き、訪ねた高齢女性は急いで降りて行った。

 私は、高齢化社会とはこういうことであると考えている。将来、高齢者の(悪気はないが極めて危険な)ボケ発言・ボケ行動一つが公共交通機関を遅延・麻痺させるようなことがあった時に、我々国民がそれにピリピリせず、機転を利かせて迅速な危険回避行動をとり、なおかつ直後には冷静に笑って済ませられるかどうか、それを数十年単位で持続させることができるかどうか、それが、少子高齢化社会を日本が乗り越えられるかどうかの鍵であると思う。

 駅の狭い階段で私の前を高齢者が横並びに歩いていて、速足の私が追い越そうにも追い越せずにじれったく思うとき、私はいつも、スーパーコンピュータ開発に関する事業仕分けで出た蓮舫議員の「世界一になる理由は何があるんでしょうか? 2位じゃダメなんでしょうか?」という発言を思い出す。

「塵も積もれば山となる」と言う。増加する高齢者のマス(mass・集団)としての振る舞いを社会学的に分析すれば、電車を遅らせたり若者の足取りにフタをするその一つ一つの動きの総和が、日本の経済の悪化、科学技術発展の低迷、経済力としての国益の減退を日本にもたらしていくだろう。

 我々若者は、高齢者の面倒を見るために、趣味・旅行・恋愛などに時間をとっている場合ではなくなっていく。

 それを、「どこかの知らないおばあちゃんのせいで電車が遅れ、数千人に影響が出ました。GDPも中国に抜かれました。今日も前のおばあちゃんに引っかかって速く歩けませんでした。これが日本の少子高齢化社会あっぱれボケギャグです」と落語風に大笑いしながら世界に向かって発信する気が我々にあるのか、それとも、いつもいつも高齢者と若者、親と子供、男と女、首都圏と地方、都市と田舎どうしがピリピリ敵対しながら日本社会をやっていくのか、それによって日本の未来が全く違うものになってくる。


■自殺者数、今年も3万人超える見込み

 今年の締めくくりとして、震災関連の報道がメディアで繰り広げられているのは悪くないが、もっと重要だと思うことを、あえて取り上げておこうと思う。

 計算上は、今年の大晦日までにあと1300人が自殺する見込みであるから、すでに今年の自殺者が3万人を超えているのは確実と思われる。表に出ないだけで、本当は毎年10万人くらいは自殺しているようである。

 もっとも、「今年はもう自殺者は出ないに違いない」と言いたいところだが、残念ながら「あと1300人」という予想は当たるのだろう。「今年は震災があって特別な一年だった」と言う気持ちも分かるものの、テレビの端に「現在の自殺者数」のテロップを一緒に流せばよいのに、とも思う日々である。

 ちなみに、女性では、曜日ごとの自殺率の差はほぼ無視できる小ささである一方で、男性では、月曜日の自殺率が土日・祝日・年末年始のそれの1.5倍であることを考えれば、今年の終わりまでに、月曜日が二回であるのに対して、土曜日が三回あって、祝日もあり、年末年始もあるところが、せめてもの救いだろうか。もちろん、そんなことは今回の記事の重点ではないが。

 おそらく自殺の原因のほぼ全てが「人生全般の悲哀と不安感」や「『曽根崎心中』的なるもの」であった近世。そして、西洋化・近代化の波に乗り始めても、自殺の原因は、相変わらずしばらくは金銭的・経済的なものではなく、人生をただ「不可解」と書き残した藤村操の「『巌頭之感』的なるもの」であった明治・大正時代。そして、戦争遂行というただ一つの目的に向かう圧倒的・盲目的充実感から自殺率が激減した昭和戦前。

 対して現在では、藤村操のような死に方、そして、5年前に神社で自殺した哲学者須原一秀のような「人生の哲学的プロジェクトとしての自死」のような死に方は、どちらかと言うと「弱い男」がやることだと、そう思われるようになったのではなかろうか。あるいは、理解されにくくもなったと思う。

 最近では、社会的地位のある女性社会学者やフェミニストたちから、「男性の過労死はやる気や自己管理能力のなさの表れだ」と非難されるようにもなった。


■自殺率の男女格差

 さて、日本の自殺者数は、明治30年時点でおよそ6000人、昭和11年時点でおよそ15500人、この二者間の「自殺者数の増加」の主要因は、単に「総人口の増加」である。

 自殺は悲しいが、もし「総人口の増減に沿って自殺率が綺麗に増減している理想の自殺率社会」なる概念があるとするなら、私個人としては、今でも戦前の日本にそれを見い出しているし、一つの憧憬を持っている。その根拠として譲れないと思っているのが、「男女で自殺率に差がないこと」と「自殺率の増減が総人口の増減に寄り添っていること」である。

 男女で自殺率に圧倒的な差がついたり、自殺率の上昇速度が総人口の増加速度をかなり上回ったりしたら、その社会と時代は文字通りどこかが「歪んでいる」と考えるのが、最も人として客観的・知的な態度ではなかろうか。

 戦後、女性の自殺者数は、昭和20年のおよそ7000人から最近のおよそ8800人まで、およそ2000人の増加。その増加の主要因は、総人口の増加である。総人口の増加速度に比べて自殺率の伸びが小さく、むしろ戦前よりも自殺の低迷傾向を示している。

 上と同じ期間において、女性人口10万人あたりで換算すると、自殺死亡者は18から13.5へと低下しており、事実上、女性の自殺は減少傾向にある。戦後、女性の自殺率の最高地点は昭和30年で、女性10万人あたり20人。

 戦後、男性の自殺者数は、昭和20年のおよそ9800人から最近のおよそ24000人まで、およそ15000人の増加。戦後の男性の自殺率の最高地点はまさに現在で、毎年更新を続けている。

 男性の自殺増加の要因には、色々な説があるが、私自身が要因だと思うものを挙げておこうと思う。(それぞれが互いに因果関係にある項目もある。)

◆経済社会的要因
●過労自殺
●景気の低迷
●貧富格差の増大
●非正規雇用の若年男性による絶望
●非正規雇用の高年男性による絶望
など

◆健康不安
●病気になったことから来る絶望
●老いへの不安

◆戦後日本人男性特有の心理的要因
●女性の社会進出
●社会進出した女性に対する「言い返せなさ」
●社会進出していない女性がなお結婚相手に求める高い経済力
●恋人や妻に対する「言い返せなさ」
●自分の両親への申し訳なさ
●結婚相手である女性の両親への申し訳なさ
●高度成長期を体験し、妻一人・子供二人というオーソドックスな家庭を持った世代の男性の、高齢化・リタイアに伴う燃え尽き
●恋人や配偶者からの三高(高学歴・高収入・高身長)などの実利的・外見的要求への「応えられなさ」

※ 私が関心を持っているのは、「女性に対する日本男性的な本音(ホンネ)と建前(タテマエ)との解離」の問題である。

 戦前までの日本人全体(男女とも)及び現在の日本人女性においては、経済格差の増大が自殺率の増加を引き起こしておらず、一方で欧米では経済格差がすぐに男女の自殺率と相関関係を帯びることから、本来は、とりわけ日本人が自殺に至るためには、「(1)格差社会であること」に加えて、「(2)その格差社会で仕方なく低中所得者層に位置した若年男性やリタイアした高齢者男性を焦燥と劣等感に至らしめる、(誰が言ったのでもないが、「社会全体」や「総体としての女性性」が加害者であるような)あざ笑い・あおり・けなし・嫌がらせ」が存在することが必要条件と思われる。

 しかも、欧米では女性が社会進出しても男性の自殺率が上がらないのが普通だが、女性が社会進出すると男性の自殺率が上がる唯一の先進国が日本だと言える。

 ということは、「日本においては、(1)の解決を後回しにしてでも(2)だけは前近代的日本観に心理的基盤を置く社会を再び作り上げることが男性の自殺率低下に一定の効力を持ちうる」、すなわち「景気回復・雇用創出よりももっと大切なことがある」というのが私の考えである。


◆生物学的要因
●新生児に女児よりも男児が多く、結婚できない男性が相対的に増えた。(戦後の食生活の欧米化・食糧自給率の低下による、分子レベルでの何らかの生物学的・遺伝子的不均衡が原因だと思われるが、詳細は不明。逆に、皇室・旧公家・旧華族など、近親婚を繰り返してきた家系では、男児が一人も生まれず、養子を迎えるか男系断絶のため廃絶する家系が増えている。)

◆人口の実数上の要因
●男性の総人口の増加


 こうして自殺という観点だけを取り出せば、戦後日本社会は、様々な要素が男性に対して負荷をかけるような偏向した構造になっているのは確かなのだと思う。

 逆に言うと、自殺率が変わらないか、むしろ低下している現在の日本人女性に関しては、現在の自殺要因を分析すれば、それがある程度はそのまま戦前までの日本人女性の自殺の要因に等しいと仮定することができるのだろう。そして、そのほとんどは、人生全般の悲哀や失恋の悲哀、家庭内暴力などであるだろう。


■「男女平等」は幻想

 しかし、実際のところは、「男女平等」という、近現代民主主義的に一見正当な看板を掲げてきた昨今の日本において生じた女性の笑顔は、極めて短期的な笑顔であると思っておいたほうがよいと私は思う。

 それは、政府によって、学歴・社会的地位のある女性によって、あるいは一般女性・主婦自身の短期的な流行によって、捏造・扇動された、非常に無機的な女性の笑顔であると言って過言ではないと思う。

 女性の社会進出が進んでも、なお女性には永遠の課題が残されている。妊娠・出産・子育ての問題である。しかし、それも一筋縄ではいきそうもない。

 興味深いことに、「私は仕事が優先で、結婚も考えておらず、子供も特に欲しいとは思わず、結婚・妊娠・出産が女性の人生において大して重要とは思っていない」と言う女性もいれば、「どうせ私など結婚できないし、子供も産めないだろうから、諦めた」と言う女性もいる。

 特に前者の女性の中には、かえって男性からの支えを嫌悪したり、それを「女性の自立心・人権の無視」であると考えたりする女性も多くなってきている。

 ただし、自分が社会進出したことに満足している女性と、結婚・出産を20代から諦めたような女性との心理構造は、「近代的自我」を自力で運用している点では原理的におそらく同じもので、そのような女性は、人生の茫漠とした前近代的・動物的悲哀によって自殺することはほとんどないようである。現在の女性の自殺者数を構成しているのは、おそらくこのような女性たちではない。

 一方で、「私には小さいころから結婚願望もあるし、子供も産んでみたいし、自分にできることであれば、仕事でも趣味でも頑張っていきたい。それなのに、経済的理由や家庭上の理由で実現できていない」という女性の場合には、やはり我々男性がもっと積極的に目を向けて、支えていくべき余地があると思う。


■女性内部の心理格差・水面下での抗争

 ところが、そういう女性の夢を「少女のような理想ばかりで、大人の女の現実を見ていない」と非難しているのは、どちらかと言うと、我々男性よりも、社会進出した女性・既婚者の女性・子供のいる女性であるように思う。

 政府は、おそらく、そういうことがあまり分かっていないのではないかという気がする。男の悩みと女の悩みの動物的・根源的な差異というものを、戦後の日本は軽視してきたように思う。

「今のところは男女の自殺率に圧倒的な差があること」、「同じ女性においても、社会的に成功したために自分が結婚・妊娠・出産を経験していないことを気にしなくなった女性や、うまく高所得男性の家庭に収まり専業主婦となった女性と、延々と先のような苦悩を繰り返して30代・40代になった女性とに、陰で分かれていること」、従って、「もう少し時が経てば、今度は女性どうしの様々な格差が表沙汰となる社会が到来して、女性の自殺率が上昇する可能性があること」。


■医学の発展がもたらす皮肉な「脅し」

 ところが、医学だけはどんどん発展していくために、「30代後半になると、卵子の遺伝子が壊れてきて、ダウン症児や自閉症児を産む確率が一気に上がる」などという最新の医学的事実に基づく「脅し」だけはネットなどでばらまかれている現実がある。

 しかし、内容が事実であるというところに、女性の大変な苦悩があると思う。最近は、胎児に染色体異常があるかどうかが出生前検査で分かるようになってきている。

 結局、若いうちに結婚して子供を産んで仕事もできる女が「偉い」などという構図ができる。「理想の男性を求めて結婚・出産を遅らせるなどは、障害児の気持ちの分からない女がやることだ」などという歪んだ言論まで出てきてしまう。このような議論は、ネットであろうが現実世界であろうが、すでに多く展開されている。

 それで、なおさら30代・40代の未婚女性は焦ることになる。そのような女性にとって、「結婚したい、子供も欲しい、というささやかな夢があること」も、「高齢出産では障害児を産む確率が上がること」も、とりあえず事実であるのなら、そのような女性の心理を楽にする解決方法は一つしかないと思う。

 私はこういうところでは、がさつで大雑把な人間なのだと思うが、「子供を産んでいない女性であっても、立派な女性は立派な女性である」ということを、勇気のある既婚・未婚の男性が言って回るしかない、と思うのである。

 あるいは、「女性がダウン症や自閉症の子供を、人工妊娠中絶を選択せずに産んだところで、その女性に真の愛がある限り、責任はない」ということを、女性の代わりに、それを堂々と言える勇気のある男性が言って歩くこと、それしかないと思う。

 しかし、むしろ「障害であるダウン症や発達障害・自閉症を早期に発見してあげることが子供のためである」という考え方が、専門家にも母親にも広く共有されている昨今、私が今述べていることがそれほど多い意見ではないということも、自分では重々分かっているつもりである。


■現在の日本=「事実上の一夫一婦制と一夫多妻制の二重採用社会」

 さて、男女の生涯結婚率・離婚率の格差は、男女の恋愛格差を如実に表していると思う。女性は、厚労省などの統計からも分かるように、一度離婚すると二度と結婚しない確率が、男性よりも高い。現在の日本は、少数の学歴・経済力のある男性に複数の女性が集まっている「事実上の一夫多妻社会」であるとも言える。

 同時期に複数の女性を恋人・妻とするのは「浮気」「不倫」「不貞」「重婚」などで、非常識や違法ということになるが、一生涯の別々の時期に複数の女性を妻とするのは合法である。

 実はこれが、戦後日本人がイスラム教の一夫多妻制を女性蔑視の野蛮な文化と見下してアメリカ的民主主義を信じた愚かさ、ひいては戦前の自国の公家・武家・農村の一夫多妻制に比べて今の我々は近代的・倫理的であると勘違いした頑固さに、つながっているのではないかと思う。

 先ほども書いたように、「子供を産むことよりも仕事が優先で、実際に子供を産んでおらず、満足している女性」の場合には、我々男性が支援する必要はないどころか、迷惑がられたり、お節介としてはじき返されることさえある、かなり興味深い時代になった。一方で、周りの既婚女性に何と言われようが、「理想の男性を探し続ける」という「少女の頃の夢」を持ち続ける女性が今も少なくないとして、それのどこがおかしいのだろうか。

 厚労省や民間団体が巷の女性に対して調査を行うと、学歴順・経済力順に男性を序列化する結果が出るにもかかわらず、男性が奮起してうかつに女性を養おうとしようものなら、しばしば「女性の自立心・人権への蔑視」と言われるケースも増えているために、男性は「黙して何もしない」態度を選ぶようになったように思う。これは男性個々人の結婚観とは別ではあるけれども、我々男性全体としては、そういう態度を選ぶようになっているようである。

 こうして、最終的にひずみをかぶるのは、「非正規雇用の男性」と、先に挙げた「どんな男性でもいいというわけにはいかない性格なので結婚を遅らせているが、そのためにかえって妊娠・出産の適齢期を逃しつつある女性」なのだろう。

「結婚したい。子供を産んでみたい」という夢を持っている、ただそれだけでも十分に「いい女性」である、と判断する姿勢があってもよいのではないだろうか。結果としてそれらが叶わなくとも、「それでもあなたはいい女性である」と言うだけの器量がなければ、時代の本質を客観的・知的に見抜いている人間であるとは言えないと、私はそう考えている。

 かえって、目立った社会進出・結婚・出産経験がなくとも、そのような女性たちが浮かばれる時代が来ると、嘘でも信じたいというのが、私の本音である。


■データ出典
厚生労働省 統計情報・白書
http://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/toukei/
警察庁 統計
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm
posted by 岩崎純一 at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会論・人生論

2011年12月12日

和歌関連の追加

 前回二回分の記事に関連する追加事項です。


http://utanowa.net/user/view/1499(「うたのわ」。「純星」名義。)

 こちらは、前二回の記事で紹介した「うたのわ」の私のページです。これらの和歌は全て私のメインサイトに載っています。


http://iwasakijunichi.net/yoseikai/(伝統和歌の会「余情会」。本名名義。)

 こちらは、私が「開闔(かいこう)」という難しい名前の役を今年からやっている伝統和歌の会です。ネット上に自分の伝統和歌を公開していた私に声をかけていただき、今年この役になりました。

 これまでサイトは持たず、極めて閉鎖的に開催していたのを、ネット上でお見せするのも良いだろうということで、私のサイト内にページができました。

 ちなみに、「開闔(かいこう)」というのは、昔、平安・鎌倉・室町時代の朝廷に設けられた和歌専門の役所「和歌所(わかどころ)」の役職の一つ(一名)で、「寄人(よりうど)」(数名)と共に和歌所の事務仕事を形成し、和歌集の編纂などを担いましたが、同時にこれらの人々は、その和歌集に自身の歌が載る優秀な歌人でなければなりませんでした。

 役職名に関しては、どうやら『新後撰和歌集』以降は、「開闔」はそのままで、「寄人」は「連署(れんしょ)」という名前に置き変わっている形跡がありますが、多くの文献が散逸しており、和歌史学的にもあまり解明されておりません。

 ともかく、この余情会では、昔の真似事をしてしまおうという試みでもあると言えます。

 非常に興味深いのが、「茶髪・ピアスでの参加禁止」という参加ルールがあることです。何を隠そう、本心では、私が入ったのは、伝統和歌仲間を増やしたいからというより、このルールに心惹かれたからであります。

 私が拙著において、和歌の話と共に、日本人が生まれ持った髪の色のままで生きることの美的価値についてわざわざ論じたことが、私が開闔をお願いされた理由でもあったようです。

 そう思うと、少々照れくさくなりましたが、しかしながら、髪の色に手を加えないことは和歌を詠む際の容姿・所作の必然であるという私の考えは、皮相のものではなく、「時代への逆行ではないか」との批判を受けることを覚悟しつつ、一貫して本気で言っていることであるので、同じく「時代への違和感」から色々な短歌会を脱会してきたこれらの方々が定めたこのルールを、心から嬉しく思います。

 もっとも、和歌以外の日本の伝統文化についても言えると思いますが。
タグ:和歌
posted by 岩崎純一 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本論