2012年04月28日

私の理想とする芸術「日本版アール・ブリュット」

■YouTubeを回っていたら、以前に音楽制作を担当した映像作品の一部が無料公開されていたので、以下にリンクしてみました。

 一見すると、何かのゲーム画面のようですが、「Second Life」というネット上の仮想空間に映画村を造り、セットを建てて、そこでプロの方々が演技(人物操作)しています。カメラアングルについても、「映像の中でカメラを持っている」状態です。そこに音楽が乗っています。

「芭蕉」
http://www.youtube.com/watch?v=oQDrVz-tlVc
http://www.youtube.com/watch?v=uv3yBcIBeRE

 Second Lifeは、mixiなどの一般的なSNSと違って、いわゆるメタバースであり、自分をかたどったキャラクター(アバター)を持てる点がユニークで、日本でも人気が出るかと予想されていましたが、海外産であることもあってか(つまり、英語だらけ)、日本ではmixiの圧勝という状況になっていき、Second Lifeのほうは停滞したようです。

 私も、Second Lifeの音楽はいくつか担当しましたが、このようなコミュニケーションサイト(SNS、メタバースなど)としては、初期のmixiのシンプルさが一番好きでした。

 ところが、今はmixiのほうがゲーム・アプリサイト化していますし、ゲーム・アプリを中心とするコミュニケーションよりも言葉を中心とするコミュニケーションが目的の人は、twitterとfacebookに移行していっているようです。

 mixiにしても、ある意味で、現実離れした点、現実の仕事での不条理な出来事や学校生活でのいじめなどの苦悩から逃避できる場所という点、いわば「会いたくない人と会わずに済み、同じ苦悩や趣味を持つ仲間にはすぐに出会える点」が良かったのに、今やmixiを続けるにも、現実の仕事や学校生活と同じだけの社交性と話術、そして流行への知識が必要になったと感じます。

 そしてまた、twitterやfacebookも、今のmixiのような「遊ぶためのサイト」になってゆくものと思います。


■今は作曲が本業というわけではありませんが、相変わらず総合芸術寄り・共感覚(全感覚)芸術寄りの発想で交響曲などのクラシックは作曲していますし、自分も参加している「余情会」や「糸姫会」など、ある意味でマニアックな世界でおこなわれている和歌会などのオープニング・エンディング曲を作っています。

 いや、それよりは、共感覚関連の実験参加や仕事のほうが多いわけですが。ただ、全体として、自分が思い描く総合芸術的なものに近づいてきたとは思います。

 今考えているのは、私がネットで知り合った仲間のうち、色々な意味であまり外に出てこず、大勢でワイワイやるのが苦手な人たちや、アスペルガー症候群や自閉症や解離性障害や強迫性障害などの人たちと一緒に、現実世界とネットとの両方を駆使して何かできないか、ということです。

 西洋においては、「アウトサイダー・アート」とか「アール・ブリュット」などと呼ばれているものが近いと思います。そこには、もはや文学・音楽・絵画などの境界線はないわけです。

 例えば、以前担当した祭事や日本庭園でのバレエ音楽でたくさんのバレリーナさんに踊っていただいた時の華やかな女性の身体美にも、もちろん大きな感動はありますが、我々が都会の街で現実に目にし得る美観の延長としてのそのような「美」の一方で、私としては、その陰に忘れられてゆくもう一つの「美」である「日本的な身体美」をも目指したいと思っています。

 むしろ、私が伝統和歌の会「余情会」で見たような静謐さ、あえて言えば、アスペルガー症候群的なもの、鬱的なるものをそのまま芸術に投入することをやってみたい、というのが理想です。現代の日本人の一人として、社会の陰の部分、隠された部分を芸術にしなければどうも気が済まないという個人的な考えもありますが。

 私は例えば、将来的には「交響曲 『自閉症』」や「和楽器協奏曲 『重度解離性障害』」といった精神病理そのものを総合芸術に転写するようなことをやってみたいと考えています。

 以下の「交響組曲 『月ノ巡リ』」にしても、「いったい岩崎純一という人は何をやりたいのか」と思われているかもしれませんが、これも至ってまじめな芸術上の実験の一つで、これ自体が芸術作品でありながら、私の共感覚を学者から問われた時にそのまま即座に研究資料として提出できるという、そういう二重性を試みたものです。

http://iwasakijunichi.net/synaesthesia/female.html

 今年の初めには、ひとまず和歌の分野だけで総合芸術的なことを試みようと思い、自分の和歌集『新純星余情和歌集』についての皆様の現代語訳と解説とをそのまま芸術扱いすることを思いついたわけです。

 ところが、現実の会合とメールでのやり取りの両方をを駆使してやってみたはいいですが、極めてマニアックで骨董品的な趣味に過ぎる試みだったため、ほとんど(私を含めた)唯美主義的な古典愛好家だけの楽しみの場、あるいは私のワンマン体制のようになってしまったのが難点です。(指示上・実務上という意味ではなくて、出来上がりの見映え・バランスの意味で。)

 今後も、皆様と一緒に総合芸術的な試みに取り組んでいきたいと思っています。
posted by 岩崎純一 at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会論・人生論

2012年04月22日

和歌、岩崎純一さんのお話を聴く会

 サイトの「活動総覧」と「研究会・講義テキスト」に色々と追加しました。

http://iwasakijunichi.net/joho/

http://iwasakijunichi.net/kenkyukai.html

 前回の和歌について記事の追記ですが、今年は『古事記』編纂1300周年ということで、イベント事や歌会などに和歌を詠進する必要があるので、和歌をサイトに載せられなかったり、載せてある和歌を一時的に掲載停止にすることがあるかもしれませんので、ご了承下さい。

 普段の私の歌風は、他の歌人様からは「象徴主義」、ひいては「唯美芸術至上主義」とまで呼ばれているのでして、むしろ西洋の象徴主義・唯美主義・世紀末芸術などの分野の愛好家からのアプローチが多いです。

 そういうわけで、あまり重い芸術性を帯びていないイベント事にて和歌を詠むほうが、実は珍しいのでした。

 それから、二冊目の拙著の読者の方々が、昨年ひらいて下さった、ミニ読者座談会「岩崎純一さんのお話を聴く会 ◆テーマ=日本の女性の情緒について」の録音内容を、文字起こし・編集して下さったので、それも「研究会・講義テキスト」に載せました。

 これも、「古代巫女」についての講話にもなっている点で、『古事記』にも関連していると言えそうです。

 このミニ勉強会は、大学や学会での正規の講演とは別に、東京大学生と都内の女子大学生が少しずつ集まって、「もっと岩崎さんの踏み込んだ話や本音を聴きたい」という主旨でひらいて下さり、あとでまとめて下さいました。全然「ミニ」ではなくなりましたが。家政学・看護学・幼児教育などの方面からのご興味でした。

 そういった講演や座談会以外の、理系方面からの私の共感覚・特殊感覚についての実験調査については、今のところ、主なタイトルだけ「活動総覧」に載せてみました。

 よく考えると、もう残された実験調査と言えば、私の遺伝子・脳活動データ・血液などを大学・研究機関に提供することくらいですね・・・。
posted by 岩崎純一 at 23:35| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ・挨拶事項

2012年04月02日

『新純星余情和歌集』全解釈を掲載しました

 先月のブログにも書きました私の和歌の現代語訳(翻訳)についてですが、何人かの方々のご協力で、現在掲載している和歌の全解釈が終了しましたので、以下のページに掲載しました。全部で1109首(4/1時点)あります。

「通釈」という欄が現代語訳で、「語釈」という欄が古典語解説になります。自分で翻訳・解説した歌も多いですが、全体としては「自分の和歌を翻訳・解説して下さる方々の作業の監修」というのが近いかと思っています。

 それにしても、あっと言う間に終了しました。驚きました。協力して下さった方々に改めて厚くお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

 もちろん今後も歌は増えますので、それも反映していきますが、鑑賞のためや、和歌・古典語の勉強にお使いになるためのプリントアウトなどは、いつでもご自由です。

 横に設けた「評」と「派生歌」の欄については、評と派生歌のある歌のみになりますが、こちらも随時掲載していきます。現時点で特にこの和歌集全解釈にご参加下さっていない方からの歌評や返歌なども、随時受け付けています。(メールなどでどうぞ。)

『新純星余情和歌集』全解釈
http://iwasakijunichi.net/waka/
タグ:和歌 和歌集
posted by 岩崎純一 at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 『新純星余情和歌集』