2013年01月25日

共感覚立体画像 (5) 「音階についての共感覚」

 2013年最新版の私の「音階共感覚」です。以下の「知覚・共感覚」の各ページにも掲載しています。

●「知覚・共感覚」
http://iwasakijunichi.net/synaesthesia/

「基本的な共感覚」の2005年・2008年時点の画像と比較してみていただけると、面白いかと思います。また、この立体画像は、「応用的な共感覚」の「音域表と聴覚・共感覚(PDF)」にも対応しています。

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posted by 岩崎純一 at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 自分の共感覚

2013年01月05日

『新純星余情和歌集』のページを更新&人員募集中

 新年早々、サイトの『新純星余情和歌集』のページをいくつか更新しました。

http://iwasakijunichi.net/waka/

 まず、表紙に、今後十年ほどの計画をおおまかに書きました。

 それから、「神祇の部」のあとに、当和歌集の「重要語総覧」を載せました。これは、すでに掲載してある全和歌に出現する重要語を五十音順に書き出したリストで、枕詞のリストや歌枕・名所名跡のリストもあります。

 このリストは、元々は私の和歌の現代語訳者の方々が何気なく書き出して下さっていたものを、正式にコンテンツ化したものです。これを用いると、例えば「建築物〜」の項目の「ひ」の「火・灯・燈」を見ると、私が自分の和歌の中で、この「ひ(火・灯・燈)」と、「ひ」の派生語である「漁り火、ともし火、埋み火、篝火(かがりび)、蚊遣火(かやりび)、炭火、蛍火」の語を使用したことが分かります。

 また、表紙に「真名序」「仮名序」「訓民正音序」とありますが、説明します。

 私のこの和歌集は、私の個人的な格調・風流趣味もあって、いわゆる勅撰和歌集と、藤原良経・藤原家隆・藤原定家らの私家集に倣った部立てにしていますが、本来、勅撰和歌集のおよそ半数には序文が付いており、この序文は主に、全てが漢文で書かれた「真名序(真正の文字による序、の意)」と、全てが大和言葉で書かれた「仮名序(仮の文字による序、の意)」で構成されています。当時の教養人が、分担して書いています。(残る半分は、真名序と仮名序のどちらもない歌集か、真名序だけがない歌集です。)

 和歌に限らず、漢字(真名)と仮名というのは、元よりそういう意味で、この両方に教養がなければ一流の歌人・文化人とは言えないという風潮でした。

 ここで面白いのが、和歌文化はその後現在まで続くにしても、応仁の乱などの時勢もあって、勅撰和歌集自体は、後花園天皇下命、飛鳥井雅世撰の『新続古今和歌集』を最後にとだえ、これが1439年のことだったという点です。

 李氏朝鮮の世宗が「訓民正音」(現在のハングルの前身)を公布したのが1446年と言われていますから、実に朝鮮半島に固有の文字が誕生するまでに、日本は自国語を真名・仮名の両方で記録し、全ての勅撰和歌集の編纂を終えていたことになります。すなわち、勅撰和歌集を編んだ日本人(天皇・貴族・武家など)のほとんどは、訓民正音を知らずに世を去っています。

 それ以前の朝鮮語は、口訣(こうけつ・くけつ)や吏読(りとう)や郷札(きょうさつ)でしか記録されていないため、これが朝鮮の郷歌(いわば日本の和歌に該当)や古代朝鮮語の研究を困難にしてしまいました。日本において外来の漢字音を民族固有のヤマトコトバに適用した同様の方法(「万葉仮名」や「漢文訓読」)での記録法の成立と比べると、訓民正音の成立とはおよそ700年の差があります。
(朝鮮語が漢字で記録しにくく、ヤマトコトバが漢字で記録しやすいのは、文化の優劣の問題では毛頭なく、音韻体系・統語論的現象であるので、言語学的に説明可能なものであると私は考えます。)

 しかし、格調高い口訣・吏読・郷札の簡易化や、訓民正音の大衆化が遅れたことが、むしろ日本の宮廷人における、古代朝鮮語を公用語とした百済との良好な関係以来の「口訣・吏読・郷札の漢文的格調・威風」への崇敬の長期化と直結しており、もし引き続き22番目以降の勅撰集が編まれていたならば、口訣・吏読・郷札か、あるいはハングルによる序文が日本の勅撰集に付かなかった理由はないと考えられます。

 いずれにせよ、21世紀を生きる一日本人の私が、漢語・日本語・朝鮮語の三つの言語ないし文字体系(真名・仮名・ハングル)を用いて私歌集に序を設ける試みは、芸術としても歴史としても面白いものに違いなく、いつかは執筆したいと考えています。

 そのような試みの一環として、一部の私の和歌が訳者によって朝鮮語訳されてもいます。そのうち、英文序も付けるかもしれません。

 もっとも、今現在は、日・韓・朝・中の間で色々と領土・領海・拉致問題などを巡る難しい関係がありますが、和歌であれ歌舞伎であれ、芸道・文化というものは、特に昨今の政治・外交上の事情に対して超然としていなければならない、というのが私の考えでもあるので、できることは何でもやってみたいと思います。

 そのため、もし今の現代語訳者の方々以外で、真名序・仮名序・訓民正音序・英文序のどれかを書きたいという方がいらっしゃいましたら、そういう超然さのようなもの、政治・外交的意図とは別のところで一足飛びに湧いてくる自国・異国両方の言語と定型詩への愛着・敬意をお持ちの方である限り、ご連絡下さっても結構です。

 もちろん、実際にお願いするのは、今までと同じく面識を持ってからになることをご了承下さい。

 そのようなことが、今の予定です。(などと厳しい条件を付けたら、全部自分で書くことになる可能性もありますが。)
タグ:和歌 和歌集
posted by 岩崎純一 at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 『新純星余情和歌集』