2014年07月23日

児童虐待問題などに関するサイトの更新と雑感

 最近も、児童が監禁や虐待の被害に遭ったニュースが色々と報道されていますね。

 岡山県倉敷市で児童誘拐・監禁事件が起きたり(監禁場所は岡山市)、渋谷駅で母親が公衆の面前で我が子を足で蹴り倒しその子が頭を床に打ち付けた様子を動画に撮った男性が、ネット上に動画を掲載し、観念した母親が警察に名乗り出るケースがあったり、静岡県沼津市で母親の交際相手に一歳児が暴行されたり(この子は昨日22日に死亡したと報道あり)、など。岡山県の事件は、地元の近くだったので、嫌な気分です。

 昨日も、親がパチンコを楽しんでいる間に駐車場の車内に放置した子供が熱中症で死亡したとのことです。

 だからというわけでもないですが、先日、赤字の文言を以下のページに追記しておきました。児童虐待の通告は、「児童虐待の防止等に関する法律」に規定されている「義務」であるわけです。

 私のところには、サイトで扱っている話題との関係上、子育て中の母親から、「私の子は、学校の算数が苦手なのに、数字に色が見えるなどと共感覚を訴え、頭がおかしいし、見ていてキモイので殴りたいです。衝動を抑えるのにどうすればいいか、同じく共感覚者のあなたに相談しました」といったメールが今も時々来ます。(シングルマザーや離婚した方のほうが多かったですが。)

 よく考えると、不思議です。「キモイ」はずの共感覚者に相談なさっているわけなので・・・。しかし、ふざけているわけではなく、本当に方法が分からないのだと感じます。こういった母親は、実は子供を虐待しそうな自分を助けてほしいのだと思います。

 むしろ、こういう子供の知覚関連のご相談が最初の頃にあって、それから虐待問題や精神疾患全般を扱うまでにサイトが肥大化しただけだとも言えますが・・・。

「ご連絡・メールを頂く際の留意事項」の
「公的機関の相談窓口・ホットラインや警察などへの相談・通報の重要性について」の項

「虐待を受けたと思われる児童を発見した場合の通告は、権利ではなく義務です。」
http://iwasakijunichi.net/ryui.html

児童虐待の防止等に関する法律
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H12/H12HO082.html

 倉敷市のようなケースはどうにも気をつけようがないし、沼津市のケースやパチンコのケースも子供からはどうしようもないですが、渋谷駅のケースは、やはり大人の対応として、法的な面、道義的な面の両面で、賛否両論あるようです。動画投稿者の嘉瀬正貫氏はインタビューで、「通告が義務であることを知らなかった」と述べていました。

 ただし、ここでは(私のリンク先のページでは)、「児童虐待の通告が我々にとって権利であるべきか義務であるべきか」、「素手で止めに入るのが先か、スマホで撮影して証拠を残すのが先か」、「見て見ぬふりは加害者と同罪か」、といった心情論ではなくて、単に「法律にはこう書いてあるのだ」ということだけをとりあえず書いておきました。

 渋谷駅の件も、嘉瀬氏の精神が間違っているのではなくて、行動や法の知識に瑕疵があっただけだということのみを私は個人的には思うようにしています。駅で見たあの子を助けたいという気持ちだけはお持ちだったということだと思うので。

「法律にどう書いてあっても、またその条文を知っていても知っていなくても、日々せかせかと駅構内を通り過ぎている我々の行動は、いつでもこの嘉瀬氏のようになる(悩んだ結果、児童相談所などに通告せずに自分のSNSにアップロードする)可能性があるのだ」という、自分への戒めも込めて、追記しておきました。しかし、今の時代、SNSに上げたほうが本当に虐待防止効果や加害者の特定率が高いこともありますから、一概に批判できないと思います。

 それにしても、妊娠・出産したくてもできない女性がいる中で、我が子を公衆の面前で虐待する母親がいるという、その社会全体の光景を本当に寂しく感じています。

 岡山県の事件については、当初は、女児がパジャマ姿で、犯人の男の前に敷かれた布団の上でくつろいでテレビを見ていたと、絵まで付けて報道されましたが、今度は手のひらを返したように、犯人はアニメオタクの小児性愛者であるという報道に変化しています。

 結局、監禁現場にいなかった我々視聴者には、詳細は何も分からないのだと思います。

 もし百歩譲って「女児の心の中に、ある種のくつろぎ感」が芽生えた瞬間があったと認めるとしても、本当に虐待問題に教養のある大人なら、私が以下のページに書いているような防衛本能としての「ストックホルム症候群・リマ症候群」の事態を先に思い浮かべるのが大人の思考回路だと思うのです。

 以下の「解離性障害」のページで「ストックホルム症候群・リマ症候群」の解説をしています。
http://iwasakijunichi.net/seishin/kairi.html

 この女児が、突入してきた捜査員に対して「何、何??」と驚いている点はその典型で、虐待によって解離性障害を引き起こした方などには普通に見られるものです。

 だから、報道ステーションのような報道姿勢の内には、むしろある種の「視聴者受けのする今回の小児性愛事件を報道することの楽しみ」があるのだと感じます。

 ともかく、我々一般の国民一人一人の知恵と想像力と知識と教養とで、子供を守っていくしかないと思います。

 ところで、芸術という面から見れば、岡山県の事件を分析しようとする際に、咄嗟に頭に浮かぶものとしては、谷崎潤一郎の『刺青』・『痴人の愛』やユイスマンスの『さかしま』などでしょうか。竹久夢二が目の前で女性を歩かせたりして楽しんでいた例も重なります。

 また、今回の犯人が、もし長期の監禁を叶えたとして、そのいわばキルケゴール哲学の初歩段階にすぎない「審美的」な空間は、結局は「虚構美」ですから、小児性愛者アドルフ・ヴェルフリの芸術とも重なってくると思います。

続:我々人間が作り出す様々な虚構について(先に挙げたアドルフ・ヴェルフリに触れています。)
http://iwasaki-j.sblo.jp/article/90201186.html
posted by 岩崎純一 at 21:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会論・人生論