2014年01月11日

日本人の苗字、旧派歌道・歌学についての情報更新

 先日、旧派歌道・歌学の流派の総覧の宮家のページについて、和歌仲間から新たな情報を頂きましたので、更新しておきました。

 旧東伏見宮家の流れを汲む天台宗青蓮院前門主、東伏見慈洽氏が元日に遷化されたとのことです。この方は歌道家ではないので、直接は関係ありませんが、血統・家柄の栄枯盛衰には直結することですので、重要な史実と思い、掲載しました。

(皆さん、情報収集能力が高いですね。)

「旧派歌道・歌学の流派・家元・団体の総覧」
http://iwasakijunichi.net/ronbun_ippan/kado.htm

 それにしても、旧宮家・旧華族・旧貴族の家柄は、家名(苗字)を見るだけですぐにそうと分かりますね。臣籍降下した際にこういった方々が名乗った家名を丸暗記している華族・貴族マニアの人のほうがそうと気づきやすいかもしれませんが、それぞれが唯一無二のいかにも高貴そうな家名なので、割と分かりやすいです。

 本来は、家名にはおおまかに分けて二つあって(「苗字」と「姓」)、これらは別物ですが、現代では同じことなので、ここでは説明は省略するとしましょう。(強引ですみません。)

 ところで、mixiニュースに日本の苗字トップ100が載っていたので、記事の下方に転載してみます。「岩崎」は、誰が調べても、いつも80〜100位前後に登場しますね。今回も90位です。何しろ、日本人の苗字は国勢調査ではきちんと調べないし、なおかつ戸籍・住民登録が不明の人なんていくらでもおり、アメリカに次いで世界で二番目に苗字の数が多いこの国において、大学・民間の調査で誤差が20位程度というのは、ものすごく高い精度なのです。

 出典が論文ではなくて『週刊ポスト』だし、(失礼な言い方かもしれませんが、)学術的に正確な調査をおこなったとは思えないようなおかしな順位の箇所もありますが、大体はこんなものだと思います。

 私の出身の岡山県では、実は「岩崎」は多くないのですが、「藤原」が極めて多いことは地元では有名ですね。藤原氏の子孫が多いと言われていますし、藤原氏にまつわる一部の話は本当なのですが、(例えば、「恐い」を意味する「きょーてー」という岡山弁は、『源氏物語』の時代の京都の「けうとし」の訛りで、藤原氏の末裔が直接岡山に持ってきた言葉ですが、)現在まで残っている逸話のうち全部が全部は史実ではないと思います。

「佐藤」「伊藤」「加藤」「斎藤(斉藤・齋藤・齊藤など別表記多し)」「後藤」「近藤」「遠藤」「安藤」「工藤」「江藤」「衛藤」「新藤」などは、本来は「藤原氏の末裔・傍流のうちの、どのような人々」かを家業・職掌や居住地により名乗ったものと言われていますね。だから、藤原氏とは関係がある可能性はありますが、藤原氏に憧れて勝手に名乗った家もあったでしょうし、今では「藤原」姓人口のほとんどが藤原氏の遠い傍流か、藤原氏以外の系統でしょうね。残念・・・。この世をばわが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へなくて残念ですね・・・。

 逆に、日本人のほとんどが藤原氏だという説もありますね。しかし、こんなことは当たり前で、過去をどんどん遡れば、どこかで藤原氏の血が入っているなんてことは普通にあり得るわけです。いわば、「正しいが、意味のない笑い話」です。

 他に岡山県で多い苗字には、「江見」「大森」「井上」「池田」などがありますね。「花房」も多く、初代岡山市長も「花房(名は端連)」ですが、現在では「はなぶさ」ではなく「はなふさ」を名乗る家も多いです。

 ところで、この歌道流派の総覧の作成にご協力いただいている江波戸様は、歌人江波戸胤信の流れを汲む歌道の家柄で、他のご協力者の青柳家・北川家・一条家なども、本流ではないものの、秘かに歌道を中心とする家業・家宝を守ってきている家柄ですが、今では、各敷地内にどんな歌集・家宝が眠っているか分からない蔵があるだけだそうです。

「江波戸(かつては恵葉戸とも書いた)」という苗字を検索してみると、江波戸昭や江波戸哲夫などの学者・文化人がいたり、江波戸ミロという元女優さんがいたりで、そんなに珍しくはないようですが、「どこかでつながっている遠い親戚」と言えるくらいの少数派ではあるのでしょう。

 国民に圧倒的に有名な冷泉家の陰に隠れて、実はこんな細々とした歌道家が昭和末期までは色々とあったのです。日本人が(というより、戦後日本を営んできた今の高齢者たちが)捨ててきた(捨てざるを得なかった?)文化の一つの末路として、皮肉にも興味深いものです。

 私も普段、世界に一冊しかない可能性がある書物を扱う機会がありますが、何しろ需要がなければ誰も目を向けようとしないわけなので、あとは朽ちてゆくのを待つだけという傾向は、日本の古典の世界でも顕著だろうなと思います。(複製しようにも、複製の最中の事故を恐れ、書庫に温めておくだけ、というケースも多いので、歌道家においても、そういう選択をしている家があるはずです。)

 話がずれました。最後に、苗字関連サイトと言えば、全ての苗字が載っているわけではありませんが、以下のサイトが面白く、よく見ていますね。

全国の苗字(名字)11万種
http://www2s.biglobe.ne.jp/~suzakihp/index40.html

日本の苗字7000傑
http://www.myj7000.jp-biz.net/

苗字(名字)の読み方辞典
http://myoujijiten.web.fc2.com/

日本の苗字トップ100

【1】佐藤さとう【2】鈴木すずき【3】高橋たかはし【4】田中たなか【5】渡辺わたなべ【6】伊藤いとう【7】山本やまもと【8】中村なかむら【9】小林こばやし【10】加藤かとう

【11】吉田よしだ【12】山田やまだ【13】佐々木ささき【14】山口やまぐち【15】斎藤さいとう【16】松本まつもと【17】井上いのうえ【18】木村きむら【19】林はやし【20】清水しみず

【21】山崎やまざき【22】森もり【23】阿部あべ【24】池田いけだ【25】橋本はしもと【26】山下やました【27】石川いしかわ【28】中島なかじま【29】前田まえだ【30】藤田ふじた

【31】小川おがわ【32】後藤ごとう【33】岡田おかだ【34】長谷川はせがわ【35】村上むらかみ【36】近藤こんどう【37】石井いしい【38】斉藤さいとう【39】坂本さかもと【40】遠藤えんどう

【41】青木あおき【42】藤井ふじい【43】西村にしむら【44】福田ふくだ【45】太田おおた【46】三浦みうら【47】岡本おかもと【48】松田まつだ【49】中川なかがわ【50】中野なかの

【51】原田はらだ【52】小野おの【53】藤原ふじわら【54】田村たむら【55】竹内たけうち【56】金子かねこ【57】和田わだ【58】中山なかやま【59】石田いしだ【60】上田うえだ

【61】森田もりた【62】原はら【63】柴田しばた【64】酒井さかい【65】工藤くどう【66】横山よこやま【67】宮崎みやざき【68】宮本みやもと【69】内田うちだ【70】高木たかぎ

【71】安藤あんどう【72】谷口たにぐち【73】大野おおの【74】丸山まるやま【75】今井いまい【76】高田たかだ【77】藤本ふじもと【78】武田たけだ【79】村田むらた【80】上野うえの

【81】杉山すぎやま【82】増田ますだ【83】菅原すがわら【84】平野ひらの【85】大塚おおつか【86】小島こじま【87】千葉ちば【88】久保くぼ【89】松井まつい【90】岩崎いわさき

【91】桜井さくらい【92】野口のぐち【93】松尾まつお【94】木下きのした【95】野村のむら【96】菊地きくち【97】佐野さの【98】大西おおにし【99】杉本すぎもと【100】新井あらい

※週刊ポスト2014年1月17日号
posted by 岩崎純一 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 『新純星余情和歌集』

2013年01月05日

『新純星余情和歌集』のページを更新&人員募集中

 新年早々、サイトの『新純星余情和歌集』のページをいくつか更新しました。

http://iwasakijunichi.net/waka/

 まず、表紙に、今後十年ほどの計画をおおまかに書きました。

 それから、「神祇の部」のあとに、当和歌集の「重要語総覧」を載せました。これは、すでに掲載してある全和歌に出現する重要語を五十音順に書き出したリストで、枕詞のリストや歌枕・名所名跡のリストもあります。

 このリストは、元々は私の和歌の現代語訳者の方々が何気なく書き出して下さっていたものを、正式にコンテンツ化したものです。これを用いると、例えば「建築物〜」の項目の「ひ」の「火・灯・燈」を見ると、私が自分の和歌の中で、この「ひ(火・灯・燈)」と、「ひ」の派生語である「漁り火、ともし火、埋み火、篝火(かがりび)、蚊遣火(かやりび)、炭火、蛍火」の語を使用したことが分かります。

 また、表紙に「真名序」「仮名序」「訓民正音序」とありますが、説明します。

 私のこの和歌集は、私の個人的な格調・風流趣味もあって、いわゆる勅撰和歌集と、藤原良経・藤原家隆・藤原定家らの私家集に倣った部立てにしていますが、本来、勅撰和歌集のおよそ半数には序文が付いており、この序文は主に、全てが漢文で書かれた「真名序(真正の文字による序、の意)」と、全てが大和言葉で書かれた「仮名序(仮の文字による序、の意)」で構成されています。当時の教養人が、分担して書いています。(残る半分は、真名序と仮名序のどちらもない歌集か、真名序だけがない歌集です。)

 和歌に限らず、漢字(真名)と仮名というのは、元よりそういう意味で、この両方に教養がなければ一流の歌人・文化人とは言えないという風潮でした。

 ここで面白いのが、和歌文化はその後現在まで続くにしても、応仁の乱などの時勢もあって、勅撰和歌集自体は、後花園天皇下命、飛鳥井雅世撰の『新続古今和歌集』を最後にとだえ、これが1439年のことだったという点です。

 李氏朝鮮の世宗が「訓民正音」(現在のハングルの前身)を公布したのが1446年と言われていますから、実に朝鮮半島に固有の文字が誕生するまでに、日本は自国語を真名・仮名の両方で記録し、全ての勅撰和歌集の編纂を終えていたことになります。すなわち、勅撰和歌集を編んだ日本人(天皇・貴族・武家など)のほとんどは、訓民正音を知らずに世を去っています。

 それ以前の朝鮮語は、口訣(こうけつ・くけつ)や吏読(りとう)や郷札(きょうさつ)でしか記録されていないため、これが朝鮮の郷歌(いわば日本の和歌に該当)や古代朝鮮語の研究を困難にしてしまいました。日本において外来の漢字音を民族固有のヤマトコトバに適用した同様の方法(「万葉仮名」や「漢文訓読」)での記録法の成立と比べると、訓民正音の成立とはおよそ700年の差があります。
(朝鮮語が漢字で記録しにくく、ヤマトコトバが漢字で記録しやすいのは、文化の優劣の問題では毛頭なく、音韻体系・統語論的現象であるので、言語学的に説明可能なものであると私は考えます。)

 しかし、格調高い口訣・吏読・郷札の簡易化や、訓民正音の大衆化が遅れたことが、むしろ日本の宮廷人における、古代朝鮮語を公用語とした百済との良好な関係以来の「口訣・吏読・郷札の漢文的格調・威風」への崇敬の長期化と直結しており、もし引き続き22番目以降の勅撰集が編まれていたならば、口訣・吏読・郷札か、あるいはハングルによる序文が日本の勅撰集に付かなかった理由はないと考えられます。

 いずれにせよ、21世紀を生きる一日本人の私が、漢語・日本語・朝鮮語の三つの言語ないし文字体系(真名・仮名・ハングル)を用いて私歌集に序を設ける試みは、芸術としても歴史としても面白いものに違いなく、いつかは執筆したいと考えています。

 そのような試みの一環として、一部の私の和歌が訳者によって朝鮮語訳されてもいます。そのうち、英文序も付けるかもしれません。

 もっとも、今現在は、日・韓・朝・中の間で色々と領土・領海・拉致問題などを巡る難しい関係がありますが、和歌であれ歌舞伎であれ、芸道・文化というものは、特に昨今の政治・外交上の事情に対して超然としていなければならない、というのが私の考えでもあるので、できることは何でもやってみたいと思います。

 そのため、もし今の現代語訳者の方々以外で、真名序・仮名序・訓民正音序・英文序のどれかを書きたいという方がいらっしゃいましたら、そういう超然さのようなもの、政治・外交的意図とは別のところで一足飛びに湧いてくる自国・異国両方の言語と定型詩への愛着・敬意をお持ちの方である限り、ご連絡下さっても結構です。

 もちろん、実際にお願いするのは、今までと同じく面識を持ってからになることをご了承下さい。

 そのようなことが、今の予定です。(などと厳しい条件を付けたら、全部自分で書くことになる可能性もありますが。)
タグ:和歌 和歌集
posted by 岩崎純一 at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 『新純星余情和歌集』

2012年04月02日

『新純星余情和歌集』全解釈を掲載しました

 先月のブログにも書きました私の和歌の現代語訳(翻訳)についてですが、何人かの方々のご協力で、現在掲載している和歌の全解釈が終了しましたので、以下のページに掲載しました。全部で1109首(4/1時点)あります。

「通釈」という欄が現代語訳で、「語釈」という欄が古典語解説になります。自分で翻訳・解説した歌も多いですが、全体としては「自分の和歌を翻訳・解説して下さる方々の作業の監修」というのが近いかと思っています。

 それにしても、あっと言う間に終了しました。驚きました。協力して下さった方々に改めて厚くお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

 もちろん今後も歌は増えますので、それも反映していきますが、鑑賞のためや、和歌・古典語の勉強にお使いになるためのプリントアウトなどは、いつでもご自由です。

 横に設けた「評」と「派生歌」の欄については、評と派生歌のある歌のみになりますが、こちらも随時掲載していきます。現時点で特にこの和歌集全解釈にご参加下さっていない方からの歌評や返歌なども、随時受け付けています。(メールなどでどうぞ。)

『新純星余情和歌集』全解釈
http://iwasakijunichi.net/waka/
タグ:和歌 和歌集
posted by 岩崎純一 at 22:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 『新純星余情和歌集』

2012年02月16日

『新純星余情和歌集』現代語訳について

110216.jpg■私が公開している自分の和歌(『新純星余情和歌集』)の現代語訳と解説に、古典にお詳しいブログ読者様や私の和歌仲間が協力して下さるということで、昨日と今日(以下)、試しに載せてみました。

 今のブログの雰囲気(共感覚・人間論・社会論・精神論などが中心)を考えると、訳をブログにコピーして載せるのはやめるかもしれませんが、以下の和歌ページには今後も載せていく予定です。

http://iwasakijunichi.net/waka/


■私の夢としては、「私の和歌を紹介する」と言うよりは、「私の和歌と、皆様による現代語訳とが、どちらも合わせて美しい芸術・純文学・詩編・短編小説の世界になっている」という状態にしたい気持ちもあり、基本的に間違いがない限り、どんな文体の現代語訳でも結構で、和歌の知識や技巧について間違ったものがあったときだけ、私が訂正させていただいています。

 特に、恋の歌などは、私も人間ですから、自分で現代語訳すると、無意識に格好つける可能性もありますので、別の方が翻訳したほうがよいとも感じます。


■ところで私は、大学時代に、東京は神保町の古本街を血眼で探し回った結果、多くの古典和歌集の原典コピー本を(図書ではなく自分の蔵書として)持っているのですが、逆に私が持っていない『雅言集覧』や『俚言集覧』などの江戸時代の古典語辞書を持っていらっしゃる方が協力して下さるとのことで、ありがたい限りですし、解説にも間違いがなくなるでしょう。

 私が持っているのは、『新撰字鏡』、『和名類聚抄』、『類聚名義抄』、『色葉字類抄』などです。


■最近は、私も和歌の現代語訳全般に興味があります。右上の画像のような、元歌と訳の両方が載った和歌集は、和歌の初心者でも読みやすく、古典の世界に自然に入りやすい気がします。


■今日は、例として、『大江戸往来恋歌合』を載せておきます。

●寄橋恋
渡りこぬ遠きけしきを眺めしは夢に夢見し夜半の玉橋
(わたりこぬ とほきけしきを ながめしは ゆめにゆめみし よはのたまはし)

【通釈】
恋人がこちら側まで渡って来ない景色を眺めて終わったその場所は、それでも渡って来ることを夢見た夜中の美しい橋でした。

【語釈】
◇本歌取 「久方の天の川に上つ瀬に玉橋渡し・・・」(『万葉』)


●寄舟恋
ひとりきくまた漕ぐ舟の波の音水棹かすむる明星の空
(ひとりきく またこぐふねの なみのおと みさをかすむる あかぼしのそら)

【通釈】
私は独り、舟の上で聞く。独りで漕ぎ続ける波の音を。舟の櫂を奪い取って漂流させ、私の操をかすめ盗るのは、夜明けの金星の空。

【語釈】
◇掛詞 「水棹×操」
◇参照 「あるが上に又脱ぎ懸くる唐衣操もいかがつもりあふべき」(大江匡衡)


●寄車恋
暮れ合ひの浜の小車朽ち果てて沖見し朝の潮風ぞ吹く
(くれあひの はまのをぐるま くちはてて おきみしあさの しほかぜぞふく)

【通釈】
夕暮れ時、二人が最期に乗り捨てた浜辺の車は朽ち果てて、入水前に共に沖を見た朝と同じ潮風が吹く。

【語釈】
◇参照 「―小車の簾動かす風ぞ涼しき」(『風雅』)


●寄関恋
降る雨も霙にかはる冬の関また逢坂の契りへだてて
(ふるあめも みぞれにかはる ふゆのせき またあふさかの ちぎりへだてて)

【通釈】
降る雨も冬の霙に変わりゆく逢坂の関。再びあなたと逢うとの約束を隔てて。

【語釈】
◇歌枕 「逢坂の関」
◇掛詞 「また逢ふ×逢坂」
◇縁語 「関、逢坂、へだつ」
◇参照 「これやこの行くも帰るも別れつつ知るも知らぬも相坂の関」(蝉丸『後撰』)


●寄追分恋
契り来し袖の移り香かれゆきてただ追分に春雨ぞ降る
(ちぎりこし そでのうつりが かれゆきて ただおひわけに はるさめぞふる)

【通釈】
約束し合ってきた袖の移り香は涸れ、二人は離れ離れになり、ただ街道の別れ際に春雨が降っている。


●寄落合恋
今日かけて待ちし涙は落合の誰がいつはりも知らぬ川波
(けふかけて まちしなみだは おちあひの たがいつはりも しらぬかはなみ)

【通釈】
今日まで心にかけて、あなたと落ち合うはずの場所で待ってきたのに、それも叶わないで私の涙は落ちる。その涙が誰のついた嘘のせいかも知らないのでしょうね、二つの川の落ち合いに立つ波は。

【語釈】
◇掛詞 「落ち×落合」


●寄宿場恋
恋あまた行き交ふ宿に見る空もかへぬならひのかへるさの月
(こひあまた ゆきかふやどに みるそらも かへぬならひの かへるさのつき)

【通釈】
恋の叶う模様が多く行き交う宿場町の宿の中から見る空にも、私にとっては、「あなたの心は他の女性に向いていて、あなたはちょうど今その帰り道にある」ことと取り換えることはできないという、古歌にある通りの習わしの、明け方の月が出ています。

【語釈】
◇本歌取 「帰るさのものとや人のながむらん待つ夜ながらの有明の月」(定家)
posted by 岩崎純一 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 『新純星余情和歌集』

2012年02月15日

『新純星余情和歌集』現代語訳>平成新詠天徳内裏歌合(2010)

120120.jpg■私の詠んだ和歌(サイトに掲載)の通釈・語釈の試みです。私自身による解説も他の歌人様による解説もあります。リクエストがあった順に載せ、サイトにも載せていきます。

 今回は、2010年に詠んだ歌からです。夏の題も多いので、しばし歌を鑑賞されて、最近の寒い毎日を忘れていただければ幸いです。


●霞
 さびしさは秋の枕に同じかな春や霞の夕暮れの果て
(さびしさは あきのまくらに おなじかな はるやかすみの ゆふぐれのはて)

【通釈】
 その寂しさは、枕に寝て感じる秋の季節に同じものだ。果てなく霞んだ春の夕暮れは。


●鴬
 うぐひすは心の声に聞こえつつまだ梅が枝に影もとまらず
(うぐひすは こころのこゑに きこえつつ まだうめがえに かげもとまらず)

【通釈】
 鳴き声は我が心にのみ聞こえて、まだ現実の梅の枝に鴬はとまらず、その姿は目にもとまらない。

【語釈】
◇掛詞 「(枝に)とまらず×(目に)とまらず」


●鴬
 声はなほ我がふみまよふ霜ぞなく今日うぐひすの春と思へど
(こゑはなほ わがふみまよふ しもぞなく けふうぐひすの はるとおもへど)

【通釈】
 今なお鳴っている音と言えば、自分が踏み歩いている霜が砕ける音のみだ。今日から鴬の鳴く春だと思ったのに。


●柳
 柳原いと細き夜のしだれ糸葉を縫ふ雨の音ぞ重なる
(やなぎはら いとほそきよの しだれいと はをぬふあめの おとぞかさなる)

【通釈】
 しだれ柳の野原。実に細い柳の葉に、夜のしだれ糸である雨の音が重なり、雨が葉どうしを重ねて縫うようだ。

【語釈】
◇掛詞 「いと×糸」
◇縁語 「柳、しだれ、葉」「細き、糸、縫ふ」


●桜
 白妙のたつけしきより桜花霞の衣の裏の山裾
(しろたへの たつけしきより さくらばな かすみのきぬの うらのやますそ)

【通釈】
 春の白い霞が立ったすぐそばから、その霞という着物の裏側に隠れた、山のふもとの桜。

【語釈】
◇掛詞 「立つ×裁つ」
◇縁語 「白妙、裁つ、衣、裏、裾」「立つ、霞、山」
◇枕詞 「白妙の→霞、衣」


●款冬
 春風のひとへに過ぐるかをりよりやへに花咲く山吹の色
(はるかぜの ひとへにすぐる かをりより やへにはなさく やまぶきのいろ)

【通釈】
 春風がひたすら薄く過ぎてゆく香りよりもっと、何重にも濃く見える山吹の黄色。

【語釈】
◇掛詞 「偏に×一重に」
◇対句 「一重に、過ぐる、かをり=八重に、咲く、いろ」


●藤
 紫の色より暗く空更けて夜にも見ゆる屋戸の藤波
(むらさきの いろよりくらく そらふけて よるにもみゆる やどのふぢなみ)

【通釈】
 紫の色よりも暗く空は更けたはずが、その黒き夜にも見えるのは、庭先に植えてある紫の藤の花。

【語釈】
◇参照 「恋しけば形見にせむと我が屋戸に植ゑし藤波今咲きにけり」(万葉、山部赤人)


●卯花
 桜色の弥生の月のなごりかは白みは果てず咲ける卯の花
(さくらいろの やよひのつきの なごりかは しらみははてず さけるうのはな)

【通釈】
 桜の咲き誇った弥生三月のなごりか。真っ白にはなり果てず、桜色を帯びて咲く卯の花。

【語釈】
◇「弥生」→「卯月」、「桜」→「卯の花」


●郭公
 風薫りあつさは遠き静けさに夏を定むる山ほととぎす
(かぜかをり あつさはとほき しづけさに なつをさだむる やまほととぎす)

【通釈】
 夏の風が薫っても暑さはまだ遠い静けさのようであったが、いよいよそこに夏を決定付ける、山のほととぎすの一声。


●夏草
 刈るからに道の行く手にあらはれてかき分けがたく繁る夏草
(かるからに みちのゆくてに あらはれて かきわけがたく しげるなつくさ)

【通釈】
 刈るたびに道の行く手に現れては、かき分けて進むのがうっとうしく繁る夏草。


●恋
 桜花しだれ柳を重ねても袖の契りは次の折の名
(さくらばな しだれやなぎを かさねても そでのちぎりは つぎのをりのな)

【通釈】
 春の桜や夏のしだれ柳を重ね重ね眺め、それらをあしらった着物を重ね着しても、袖の約束は次の季節の名前でございます。つまり、あなたの心は私に「秋(飽き)」が来たのでしょうね。

【語釈】
◇掛詞 「重ね×襲(かさね)」「次の折の名(秋)×(飽き)」
◇縁語 「重ね、襲、袖、折り」


■本記事の各歌は、『天徳内裏歌合』(960)にならって詠んだもので、まとめて『平成新詠天徳内裏歌合』(へいせいしんえいてんとくだいりうたあわせ)とした。960年当時の題も「春」と「夏」の動植物・風物および「恋」で、衣装の色でチーム分けし、左方は赤基調の春の桜重ね、右方は青基調の夏の柳重ねとするなど、視覚的にもこだわったようである。
タグ:和歌 和歌集
posted by 岩崎純一 at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 『新純星余情和歌集』