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人生は「賭け事」
(岩崎純一 at 07/09 17:46)
お久しぶりです。あまり更新していなくて申し訳ないです。まだ少し忙しいです。時間的にというよりは、精神的にですが。

色々と陰で活動しているので、またご報告申し上げます。

そういうわけで、今まで通り、鬱や対人恐怖や強迫性障害などの心の話や、共感覚の話や、自閉症の話など、何でもメール相談は受け付けています。


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●さて、世の中はどうなっているかと言うと、大相撲や参院選の話題で持ちきりですね。私は今28歳ですが、大相撲は3歳くらいからテレビで見ていました。かれこれ25年間、大相撲ファンをやってきたことになります。

子どもの心には、ただ単に「あのお相撲さん、すごいぜ!」という感慨だけが焼き付けられるわけで、私の脳裏にも、貴闘力、霧島といった名力士の姿は焼き付いているわけです。まさかあの力士たちが、今毎日のように頭を下げて謝罪している大嶽親方、陸奥親方になろうとは、夢にも思わなかったわけです。私の中での大相撲は、厳密には十年前で止まったままになってしまっています。


●秋葉原で無差別殺傷事件を起こした犯人の男性は、私と同年齢、誕生日は私より5か月遅い男性でありました。彼は、2008年6月8日(当時25歳)に秋葉原にトラックで突っ込んでいます。

彼と私たちとの間には、「今の20代男性」として共通点があることも確かです。自分だけが浮いているのではないかという違和感、自分の人生だけが他の社会人と違うのではないかという猛烈な葛藤と共に20代後半まで生きてきたこと。そして、それは本当だろうと思います。しかし、そこから先の対処が違う気がします。彼は「やはり自分は負けている」という結論に至ったのでしょう。

私は男なので男のことしか言えませんし、男の世界である大相撲の話を出してしまったので、男のことだけ書きます。

「勝ち組」などという言葉をやたらと聞きますが、それは目先の栄誉や利益のことを言っているにすぎないと思います。目先の賭け事で得られる「勝ち金」に似ていると思います。そういう生き方をする男もいるのだと思います。でも、少なくとも私は、人生そのものが賭け事のようだと思いますし、競馬などのギャンブルをやったことがあるか否かにかかわらず、そもそも人生という賭け事に生きる男を最も強い男だと感じます。

そもそも男は、「死ぬときに勝っていれば、それでよい」と思います。「勝つ」相手は、他人ではなく、「自分が人間であることの実存苦への執着」であり、「人生を勝ち負けで判定する軽率な思考」だと思います。「わしの人生、これにておしまい。良し」と死ぬ瞬間に言えた男こそが、自己自身に対する真の「勝ち組」だと私は思います。

秋葉原の犯人や、先月の22日に広島のマツダの工場で自動車暴走による通り魔殺傷事件を起こした犯人は、「人生という賭け事に生きること」を諦めた男性の「典型的な末路」だと思います。決して男性の「珍しい異常な末路」だとは思わないほうがいいと思います。

彼らは、人を殺す直前までは、周りの男性の誰よりも立派な人生哲学者になれただろうし、極めて健全に現代日本社会の病理を見抜いていたかもしれないものを、人を殺すところから先は、やはり私とは違うタイプの人間なんだな、という思いを抱いたものです。

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